何もできない私を攫って下さい#゙がロジャーに言った言葉は、記憶が確かであればそれであったはずだ。と、何年も前のことを振り返ったシャンクスは即座に次の島を決めた。

 彼に、会いに行く。そう決意したところで、手ぶらで行くのはどうだろうかと悩み始め、頼りになる副船長――ベン・ベックマンに聞いてみようと思考を放棄した。

 ごろりと甲板に寝転がったシャンクスは、暖かな日差しを全身で受け止めるように大の字に手足を広げ数分も経たぬうちにスースーと寝息を立て始める。彼は片腕がないから厳密には大の字は作れないけれど、甲板で自由気ままに惰眠を貪る度胸のようなものは流石船長と言うべきところだろうか。

 眠ってしまったシャンクスの下に飛んできた一羽のカモメは彼の頭の上に留まり、つんつんと嘴でつついて配達料を催促した。彼ら、或いは彼女らにとって人の感情や行動は関係なく、あくまでも仕事を達成することが大切なのである。
 鬱陶しそうにカモメを振り払うが瞬間的に飛び退いたカモメは赤髪の男の掌に焦点を合わせ、シャンクスの意識を覚醒させた。

「分かった、分かった、新聞だろ。金、金……痛ってえなこら!」

 半ば投げつけるように新聞代をカモメに渡してやるが、バタバタと赤髪をかき回すように飛び回るカモメに新聞だと信じ込んでいた紙を確認すれば、ほんのりと桜色の可愛らしい封筒にささやかな桜柄が施され、柔らかな雰囲気を打ち壊す着払いの印鑑がきっちりと押されている。慌てて追加料金を支払い、満足気に飛び立ったカモメを見送ることもなく乱雑に封を破ったシャンクスは満面の笑みを浮かべた。
 そもそもこんなことをするのは知り合いの中に一人しかいなかったし、それは居場所の特定が困難であり会いに行こうと思っていた人物だったのである。

「おーい! 進路変えるぞー!!」

 ぐっと高く上げた右手には永久指針エターナルポース

 ああなるほど。船長が彼に会いたくなったのか、はたまた彼が船長を呼び寄せたのか。どちらであるかは不明だが、お頭の意思が揺らぐことはないだろう。

「どこに向かうんすかー?」

 慣れ切ったと言わんばかりの船員は躊躇うことなく進路変更を承諾した。



「――それで、急いで駆けつけてきたの?」

 ああ、それ以外に何かあるのか? 質問に質問で返すような、けれどどこまでも真剣な眼差しで男を見詰めたシャンクスは僅かに瞳を見開いた。

「手紙を出してから一週間も経ってないのに」
「五日半もかかっちまった。本当はもっと早くに着いてるはずだったんだけどなあ」

 歯を見せて笑ったシャンクスはさくりとクッキーを一つ口へ放り投げる。透明な器に入った橙色のそれは、シャンクスの口内をほのかに甘酸っぱい柑橘の香りで満たした。
 柑橘類の苦手な者には拷問だろう。そんなことを思考の端に追いやりシャンクスは更にへらりと笑う。

「菓子と言えばやっぱりステンシアだな」
「ふふふ、シャンクスは変わらないね」

 シャンクスはどんな航海をしてるんだっけ? 思い出したように聞いたステンシアへ、シャンクスは少し考える素振りを見せた後、「自由気ままに楽しんでるさ」けらりと笑って答える。
 それにつられて笑ったステンシアは、そうか、海賊らしい。そう溢し、キラキラとした期待の眼差しを向けられていることに気がついた。

「ステンシア、」
「私はきみの船には乗らないよ」
「何で」

 海は確かに危険ではあるが、おれは昔より強いからステンシアを守れる。何より楽しいだろう? 海の上は。どうにか自分の船で海へ連れ出せないものかとシャンクスは必死に言い募った。
 そもそも四皇のおれに喧嘩を売る海賊なんて滅多にいないし、陸地への滞在時間も長い。ラフテルは、それまでの道のりは、ロジャー船長と共に見たのだからあまり興味がない。海賊王を目指しているかと聞かれればそれも否。海賊王も目指さず自由に海をフラフラしている海賊船など、自船の他で聞いた試しもない。立ち上がったシャンクスはステンシアへ迫った。

 おれと一緒に来ないか。
 答えはいつもノーで。彼は今回も首を縦には振らなかった。

「私はもう王と英雄以外の船には乗らないことにしてるんだ」

 ごめんね。諭すような声色で伝えられた答えにシャンクスはぶーたれる。
 おれだってもう四皇なのに。ステンシアにはその程度ではまだまだ足りないらしかった。けれど自分は海賊王ロジャーせんちょうになりたいわけではない。いつか麦わら帽子を返しに来てくれるだろう少年を待ちながら、どこまでも自由な海賊になりたいのだ。

 ――四皇などと呼ばれる今既に、自由な海賊ではあるけれど。


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