島への上陸を歓迎されている錯覚を起こす静かな波にステンシアは嬉しそうに笑った。

 底が厚く高いブーツの靴底と床板が軽快な音を響かせ、それは船中に上向きな感情を運んでいく。その両手は白い器が占拠し、その中身はパルミエというパイの一種で、海賊という肩書を持つ男たちにとっては可愛らしいすぎる形の焼き菓子が放り込まれていた。

 そんな両手が塞がっている状態で戸惑いなく船長室のドアを蹴破ったステンシアにタイガーは驚いた様子無くけらりと笑い「今日は何を作ったんだ?」と、船長室に辿り着くまでの間に幾度かかけられただろう台詞を口にする。
 今日はね。明るいステンシアの声に耳を傾けながら、タイガーは次の島で買い求めるものを書きだした紙に目を通した。

 次に上陸する島で彼は何がしたいだろう。何が欲しいと思うのだろう。

 ステンシアにとって呼吸とも言えるような菓子作りの知識を持ち合わせている船員は残念ながらいなかったが、一人で船から降りることに反対する船員が多いことをタイガーは知っていたし、どのような措置を取っても彼は必ず受け入れてくれると思っていた。

 しかし考えてみれば、望まれればそれに応え、何かを恨むこともしない彼でも自由な行動の拘束はされたくないかも知れない。そこまで考え、タイガーは水色の双眸を見遣る。

「タイガーは次の島に降りないの?」

 こてりと首を傾げたステンシアはタイガーの目の前まで行くと持ち運んできた白い器を無造作に机の上に置き、ぽつりと投げかけた。

「いや、おれも島には降りるが」
「じゃあ私はタイガーと一緒にいるよ」

 にこり。彼は優しく微笑んで。

 器からハート形のパイ菓子を一つつまんだステンシアはそのままの表情でそれをタイガーの口元へ差し出した。



 海は平穏だった。上陸した島もまた、平穏だった。

 平穏で、他の島と変わらない人間たちの反応に包まれていて、それでもなおからりと楽しんでいる様子のタイヨウは時折立ち止まり不安を宿した瞳で港を眺めていた。

「船に残った船員が心配か?」タイガーが訊ねれば、彼は首を横に振り「ああ、でも少し、心配かも知れない」そう答え、水色の瞳をタイガーへ向ける。

「……あなたたちの航海が、できるだけ長く続けばいいね」

 細められた瞳に瞠目し、吐き出された言葉が願いであると同時に別れの言葉であることには、まだ、気がつかない。


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