「暑いですねえ、サカズキさん」
マナ≠ニ名乗った少年を家に招いて初めての──彼にとってはマリンフォードの四季自体がどれも初めてのモノであるが、じんわりと暑い夏の気候にサカズキは適当な相槌を打った。
僅かに黄味がかった白地に濃紺のラインがあしらわれた甚平を身につける少年は縁側に腰を下ろし、ガリガリと氷を削っている。
「家にあるの、イチゴシロップでしたっけ?」
「……いつの話をしちょる」
「あれ、サバ味噌シロップでしたか?」
「そんなんもんは置いとらん」
夏で暑いからかき氷、という安直な発想が分からないわけではない。
むしろクザンやボルサリーノは毎年わざわざ家まで押し掛けて食していたし、マリンフォードの各店舗で大々的に売り出す季節だ。
彼らは──特にクザンは、異質なシロップを持って巻き込むことを楽しみにしている節もあるようで、こちらとしては堪ったものではないのだけれど、わざわざ揃えておく必要もないと家には置いていなかった。
その台所事情について邪魔をしているのに何もしないわけにはいかない、と家事全般を率先してこなす彼が知らないとは思えない。
ああそうか、とまた一つ思い出したのは、まるで昨日のことのように話す内容が、明らかに彼≠フ記憶ではない時があるということだ。
そして彼は──
「……ああ、これ、おれのじゃないやつですか?」
記憶の混濁に自覚がある。
自覚がある、というには自分の意識が足りないだろうか。
「すぐにボルサリーノとクザンが来る。味の付いた氷が食えるけ、削っとりゃあええわ」
「じゃあ、そうします」
ガリガリと氷を削るマナが思い出したように呟く「久しぶりだなあ」という台詞を聞き流し、ひょいと庭に現れたボルサリーノとクザンを見上げた。
怠そうに頭を掻いたクザンの手にはいつも通りシロップが持たれている。
「ねえ見てよサカズキ! サバ味噌シロップ! 大不評の嵐で絶版になった幻のシロップが再登場したんだよ!!」
「おれの知らない間に絶版になってたんですか!? 口の中に広がる味噌の塩辛さとサバの風味がシロップの甘さと氷の冷たさと混然一致となって殴り合いを始めるゲテモノシロップ!」
「オォ〜考えただけで気分が悪くなるねェ〜」
味までよく知ってるね。とは、クザンの言葉だった。
よく考えてみれば、マリンフォード以外で買い求められない代物であるそれの味を知っているということはつまり、昔、本人かその知り合い関係に当たる人物が訪れたことがあるということだ。
サカズキが少年を引き取ってから数ヶ月経った頃アレの記憶には違う奴のものが混ざっている≠ニ聞いてはいたが、さして信じてもいなかった二人は冗談ではなかったらしい情報に苦笑いした。
──尤も、サカズキが冗談など言えるとは思っていない。そして見積もって十代半ば程度である少年が二十年ほど前に絶版となった商品の存在を知っているはずもないだろう。
「おれ、昔ここに住んでたのかも知れないです」
そう言って笑う少年が取り出したかき氷の器にクザンは容赦なくサバ味噌シロップを掛けた。
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