とある研究者は『生に対するリアリティが失われ、死に対する欲望が高まる病理現象』をネクロフィリアと命名している。
 現存しているかは定かではないが、モビーが停泊したとある島の売春宿では、女が棺桶の中で死体のふりをし、客が修道士の姿になり性交する屍姦的なサービスを行っていた場所があった。

 その時マルコは随分と悪趣味な輩がいるものだと処理したが、一部の者から熱狂的に支持されているらしいそこは、つまり需要と供給が成り立っているということである。

 そしてその一部の者というのは、全身に赤を纏い、恍惚とした表情を浮かべる目の前の男が当て嵌まるのだろうとマルコの顔が歪んだ。

「(主に島民、国の完全殲滅を目的とした依頼を請け負う傭兵であり、懸賞金五億越えの死体性愛者ネクロフィリア。……噂通りの異常者だよい)」
「……おや、おやおやおや。これはいけない……生者が残っているじゃないか」

 壊れ物を扱うように身体から切り離された首を持ち上げた男の赤い瞳がマルコを映し、人間だったものの頭部が鈍い音を立てて落下した。

 ――死体愛好家とも呼ばれるわりに、あまりに雑な扱いである。

「っと、流石は五億の首と言ったところだねい」

 瞬く間に距離を詰めた男の切っ先を躱し距離を取る。
 殺し合いを目的としてこの男に接触したわけではないマルコは小さく舌打ちした。

「キミは――だめだな。好みじゃない」
「そりゃよかった。おれはこの島の者じゃねえよい」

 島の者ではないというマルコの台詞に男は首を傾げ、鮮血に染まった刀を放り投げる。

「……ああ、キミはあれだな。うん、見たことがある。確か懸賞額は億を超えていた……何クンだっけ。思い出せないな」
「白ひげ海賊団、」
「ああ、いいよ。要らない要らない。そういうのは必要ない」

 思い出す気もないだろう男に名乗ってやろうと口を開けば秒で拒否され、再度舌を打った。

 この男に興味を持たれないというのはありがたいことだったし、ある程度の会話が可能だろうことが分かったのは、ほんの僅かだけ安心していいポイントである。けれど相手が異常者であることに変わりはなく、その思考回路を予測できるほどマルコは男のことを知らない。

 しかし、依頼を呑めば思い通りに動かせる傭兵に五億を越えた賞金が懸けられた理由は明確だった。

 ――この男には、見境がない。

「いやァ、うん、興が醒めてしまった。由々しき事態だ」
「船が一隻もなかった。アンタどうやって帰るんだよい」
「……船が? ああ、困ったね。今回の依頼主の顔が好みで請け負ったのに。報酬は、約束通りに払ってもらわないと」

 この島へ訪れたマルコが最初に目にした赤く染まる港には、船だっただろう木屑が多量に浮かび、凄惨な出来事が起きて間もないことを物語っていた。

 理由など、分かり切っている。

「もうとっくに殺しちまったんじゃねえのかよい」
「ああ、いや。そんな、そんなつまらないことはしないさ。アレは仕事終わりの報酬なのだから」
「ならどうして船がない?」
「そりゃあ、ねえ、うん。どうしてだろう。逃げられてしまったかな」

 首を傾げた男は、辺りを見回して口角を上げた。

「最高だとは思わないかい? ねえ、最高だろう。鮮血の舞踏会場だ、好みの顔は、ええ、いないけれど」
「……最悪の気分だよい」
「最悪! 最高じゃないか! ああ、しかし、吐き気がするね。美しくない」

 自ら惨状を作り上げておいて美しくないとはとんだ暴言だと言い返してやりたかったが、もくもくと立ち上る白煙に口を噤んだ。

 男が言った美しくない≠ニいうのは依頼主が呼んだらしい軍艦の所業だろうか。

 ――この男の依頼主が生きているとは言い切れないし、誰が呼んだのかは定かではないが、近くに海軍支部があるわけでもない島に軍艦が来る理由は告発があったと考えるのが早い。

「ええ、ええ。きれいな、きれいな……躯が増えて、楽しいねェ」

 砲撃が大地を揺らせば、男は殊更楽しそうに顔を歪めた。




 白い制服が瞬く間に赤く染まっていく。

 飛び散る赤に負けない赤色の瞳は、戦闘中でさえなければ美しく、怪しく人を惹き付けるのだろう。
 積み上げられた死屍を踏みつける男に見据えられた依頼主≠フ男は、まるで呼吸のように繰り広げられた一方的すぎる殺戮に腰を抜かしてしまったようだった。

「(いっそ哀れだよい)」
「ああ、依頼は完了。ええ、ええ、答えは結構」

 一切の情け容赦なく振り下ろされた赤い刀が呆気なく首を刎ねる。
 痛みを感じる間もないだろう斬撃は、それはそれは鮮やかなものだった。

「ああ! 綺麗だ! 美しい!」

 男の高笑いばかりは耳馴染んできていた。

「(こればっかりはオヤジも趣味が悪いと言わざるを得ないねい)」
「……ああ、これはすまない。キミは……不死鳥マルコだね、今、思い出した」
「忘れたままでも、良かったんだけどねい」
動物ゾオン系能力者が相手となると、うん、獣姦になるだろう? そういう趣味は、なくてだね」
「噂通りの悪趣味キチガイ野郎だねい」

 平静を取り戻した赤色の瞳がマルコを見据え「ああ、それは、見守っていたキミも大概悪趣味だろう」と言ってのけた。
 乱闘を止めることも加勢することさえせず、ただ海軍の射程範囲に入らない上空から眺めていたマルコは押し黙る。

 形骸の転がる大地に新しく飛ぶ鮮やかな赤は、見ていて気持ちの良いものではないし、ごろごろと死体が増えていく様は正直気味が悪い。と、それを分かりつつ目を逸らさず眺めていたのだから、決して良い趣味とは言えないだろう。

「さあさ、鮮血の舞踏会だ。shall we danceおてをどうぞ?」

 マルコは何となく、全身に血液を被った男が差し出した手を取った。
 敷き詰められた屍で悪い足元も、滴るほどに血を吸った男の衣服が弾く赤色も、硝煙の匂いを凌駕する死臭も、悪くはないような。

 音程もリズムも大きく外して愉快に歌う男は、場所が違えば人好きのする見た目で、けれど死体を愛するこの男が死臭のしない平穏な場所で生きていられるわけもない。

「キミ、今、莫迦にしたろ」
「……普通にしてりゃ馴染めるのにねい」
「ああ、そういう。ボクは充分、普通のつもりなのだけれど。なまじ力があると、うん、厄介だね」

 ばしゃばしゃ、ごつりと足場の悪い会場で、歪なステップを咎める演奏者も観客もいない舞踏会は存外、悪くない。

 つい先ほどまで悪趣味だと罵っていたわりに取った手も、悪くないと思っている現状も、マルコの感性では理解しがたい異常だった。

「ええ、はい。もうとっくに分かっているだろう? 普通じゃないんだよ、キミも、ボクも。この世界は、少数派を異常者と排除しないと、ええ、息ができない」

 血色の悪い顔が人畜無害を絵に描いた穏やかな笑みを浮かべ、赤い水を跳ね上げた。

白ひげ海賊団うちに来ねえか。お前みたいなやつが一人いてもいい」
「いや、いやいや、案外、いるんじゃない? それにしても、うん、兄弟は要らないな」
「海上舞踏会に興味はねえか」
「ああ、うん、それには興味があるね。ところでキミ、ねえ、何用?」

 問われてああ、と血生臭い島に立ち寄ることにした経緯を話していなかったことに気がついたマルコが笑う。

「何だったかねい」
「ああ、キミ、迷子、だ」

 白い鯨の船は見た記憶がないと言った男に踵落としを食らわせれば、図星を突かれたからと暴力的だ、と至極真っ当な非難を受けた。

「アンタを拾うための遭難だよい」
「拒否権は、ああ、ないんだね。ええ、ええ、仕方がない」


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