未だに、考えることがある。もしも、もしもの話。

 癖のある黒髪に、彼の本質とはかけ離れた狂暴そうな瞳。頬にあるそばかすは母親譲りなのだろうか。それとも、かの有名な海賊王ゴールド・ロジャー譲りのものだろうか。彼の両親の顔なんておれは全く知らないし、彼がロジャーの、血の繋がった親の話をしたがらないから見当もつかない。
 それでも出来ればおれは、彼の口からその真実を聞きたかったように思う。信用されていなかったのだと、そんな風に捉えてしまうから。

「なにやってんだよい」

 一度見たらきっと忘れることはないような特徴的な髪型をした白ひげ海賊団一番隊隊長にそう聞かれるも返す言葉が見当たらない。特に何もしていないのに「なにをしている」だなんて聞かれても困る。きっと、この人は特に用もなく話しかけてきたのだろうけれど。

「……沢山、いなくなりました。下船した家族だった人たちも沢山いる」

 質問に答えない代わりにそう言えば、ちらりとこちらを見て、おれがそうしていたように海へ視線を投げたその人の表情はやはり物憂げで。いつもならば、いや、昔ならばと言うべきか。だから何だという話になったのに。この人の重い空気を払拭出来る人たちは、もういないのだ。何も、おれだけが失ったのではない。そんなことは分かっている。この船のみんながみんな、大切な「家族」を喪った。荒くれ者で、行き場のなかった者たちに手を差し伸べ、息子と呼び、確かにこの海の王者だったエドワード・ニューゲートは、亡き人である。

 ――この意味を、分からないおれではない。

「どう、なるんでしょうね。これから先、この海は」
「オヤジが、いなくなったんだ。荒れることなんて、お前も分かってんだろい?」

 疑問系でありながら、どこか断定的なその言葉にマルコ隊長を見上げ、言葉を呑み込む。そうか、この人は。

「――どこまでも、お供しますよ。マルコさん」

 この人を見ていたら、たら、ればの話をしている時ではないように思う。彼の最期は笑顔だった。親父は最期まで誇りを守り抜いた。この人の相棒であり、悪友でもあったあの人の最期は、おれには分からない。けれどあの時、一番にあの男を追い掛けて息の根を止めたかったのはこの人であると思う。みんな、みんな助けたいと、失いたくないと一番強く願っていたのは、この人なのではないかと思う。

「お前なら、そう言ってくれると思ってたよい」

 今、この人を支えずに、いつ、誰を支えるというのだ。今、この人に付いて行かずに、一体誰に付いて行くというのだ。

 そう、固めた決心の上でさえ、考えることがある。

 もし、あの時、彼を止められたのならば。もし、もしもあの時、サッチ隊長があの実を手にしなかったのなら。もし、あの男を欠片でも信用する理由がなかったのならば。エースの身代わりに、おれが死ねたなら。
 おれが、海賊に身を落とさなければ。

「これは死への航路ですよ。マルコさん」

 万に一つ、勝ち目がない。あの親父が負けた相手だ。きっと、それを一番よく理解しているのだって、マルコさんのはずだ。だけど、もう、引けないこともおれは知っている。

「今更怖くなったかよい」

 虚ろな目でじっとりとおれを見たマルコさんは、虚ろに笑う。覚悟を決めているその瞳でさえ、虚しく見えた。ああ、この人は本当に。

「……まさか。おれはあなたを迷わせやしませんよ」

 この航海だって、闘い敗れた白ひげ海賊団の残党が、万が一マルコさんが死んだその時、あなたの魂だって。きっと、親父とエースの魂は、サッチ隊長が導いてくれただろうから。親父がいれば、あの日、マリンフォードで散った同胞たちも迷わない。

 この路を進めば恐らくこの海賊団の未来はない。白ひげの名なきこの海は大荒れで、白ひげ海賊団の拠点の平和はもう護れやしない。それでも先に旅立った仲間は、家族は、迎えてくれるだろうか。この分かり切った結末を、哀れな哀れなマルコ隊長を。

「お前はおれより一秒でも長く生きてくれよい」

 この人の言葉の節々に、数え切れないもしもを考える。

 もしも、その言葉に確信を持って頷けるほどの力があったのならば。もしも、この人を止めることができたのならば。もしも、この人があの戦いで愛する人と共に散れたのならば。もしも、エドワード・ニューゲートという男が、ゴールド・ロジャーという大海賊を押し退けて海賊王となっていたのなら。伝説で、なかったのなら。体調が良くなっていたのなら。

 後悔しなかった日はない。

 けれどおれは白ひげ海賊団の航海士。行き先が決まったのなら、どんな海でも目的地まで導いてみせる。それが例え死地でも、地獄でも。

 もう誰にも止められないのだ。あの日、親父の制止を聞けずにエースが止まれなかったように。第一、この人を止めることが出来る人はこの世にいないのだ。何よりも、この人のしようとしていることは、この船に残った船員たちには間違いなく正しいことなのだ。

「努力は、します」

 嗚呼。もしも、もしもおれが本当にこの人たちの幸せを考えていたのなら、避けることも出来たはずの未来であったのに。


 マリンフォード頂上決戦から約一年、白ひげ海賊団残党と黒ひげ海賊団の衝突が起こる。両海賊団の援軍を含んだ大きな戦いは「落とし前戦争」と呼ばれ、この戦いの後、黒ひげマーシャル・D・ティーチが四皇として名を連ねるようになったと言えば、勝者がどちらであったかは明白だろう。

赤く染まった海に独り静かに沈んだ男を引き上げる者はいなかった。


字書きアンケお題『もしもの話』より


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