「お前、おれの仲間になれ!」

 昔、こういう無鉄砲な少年を見たことがある気がする。
 一部が欠けた皿に盛られた炒飯を貪りながらそんなことを考えて、海賊になる覚悟はできていると自分の顔にナイフを突き立てた子供が無事に生きていたら同じ年頃であることに気が付く。そのときの少年が自分の顔に残した左目の下にある刀傷は彼にもあった。

「……赤髪の船に乗り込むことはもう諦めたのか。懸命だ、アイツは偉大なる航路グランドライン後半の海に生息する海賊だからな」

 炒飯を掬い上げ、零れ落ちるのは溜め息ばかりだ。
 あの四皇は面倒事ばかりを押し付けておきながら、意気揚々と航海しているのだと思うと些か腹が立ってくる。そして記憶が正しければ彼の麦わら帽子はシャンクスの──ロジャーのものである。

「アイツが引き入れたのか。まあ、うん。好きそうだな」
「ん? 何の話だ?」
「その麦わら帽子、シャンクスのだろ。もらったのか?」
「違えよ。預かってんだ! おれが海賊王になったら会いに行く!」
「……海賊王、なるほどなあ。マスターご馳走様、美味しかったよ」

 自分の食事代と恐らく食い逃げするだろう少年の分までカウンターに置いたルマンドは食堂から出ると全力で走り去ることにした。

 今では四皇とまで呼ばれる赤髪──シャンクスが船長であるレッド・フォース号に乗っていたのは事実であるし、当時拠点として航海していたフーシャ村で出会ったことも事実である。
 しかしこう、少なからずシャンクスの影響を受けている子供の船に乗るというのは間違いなく暴挙だ。振り回されて頭が痛くなる、なんてことは金輪際遠慮したい。

「悪いがルフィ、おれは海賊団に入れられるなんて束縛はもう御免だ」

 石床を蹴り、すいと振られた三本の刀を飛び越え、泥棒猫とあだ名の付くオレンジ髪の少女を買収して港へ走り込む。
 そういえば手配書が出ていたかな。海賊としての走り出しは悪くない。赤髪はさぞいい気分で酒を飲んでいるだろう。腹立たしいことだ。

「ゾロ! サンジ! ウソップ! そいつ捕まえろ〜〜〜!」
「げぇっ! バラティエのガキじゃねえか、面倒くせえ」

 バラティエ≠ヘ『クソコック募集』と挑発的な従業員募集をしていた元クック海賊団船長、ゼフがオーナーを務める海上レストランだ。そこでウェイターをしていた金髪の男──サンジは目に見えて女性客贔屓をする従業員であり、戦闘センスは他のチンピラコックと比べて高かったと記憶しているルマンドはため息を吐く。

「ったく勘弁してくれよ」

 コートの内ポケットから目眩ましを取り出して石床に叩き付けた。
 白煙が立ち上る。追い掛けて来ていた気配が一瞬立ち止まったことを確認して目的地への迂回ルートを探して駆け出した。慌てたように飛ばされたパチンコ玉をひらりと躱し、なるべく曲がり角の多い通りを走り抜ける。

 勿論迎え撃ってもいいのだが、東の海イーストブルーでは海賊狩りとしてそこそこ有名な三刀流の剣士ロロノア・ゾロ≠ニ女性贔屓なチンピラコックサンジ≠フ相手をするのは面倒だ。ウソップ≠ニいう名に聞き覚えはないが、シャンクスの船にいた狙撃手が一瞬でも頭を過ったのだから、できる限り穏便に解決させた方が得策──つまり戦闘は避けるべきだという結論が導き出される。

「金があっても自由はねえな」

 路地裏に入り、後を追う気配と足音が過ぎ去ったことを確認したルマンドは取り出した煙草に火をつけた。

 深くゆっくりと息を吸い込み、吐こうとしたところで背筋をなぞられ振り返れば、深刻そうな顔をしたオレンジ色の少女の姿が目に入る。

「……キミ、あの子たちの仲間だろ。束縛生活へ逆戻りか、やるせねえ」
「あら? 意外と紳士的なのね。私みたいなか弱い女の子、力でねじ伏せるかと思ったのに」
「ああ……怒るだろ、あのガキは。それにそういうのはだりい上に面倒臭え」
「へえ。手貸してあげようか? 逃がしてあげる」

 と言ってもルフィが止められるか分からないけれど。にっこりと笑ったナミは男に対案した。目的は言わずもがな、金である。

「か弱い女の子にあの無法者は止めらんねえよ」
「そう、じゃあ言い方を変えるわ。今ここで会ったことは黙っててあげる。だから──」
「口止め料払えってか? いいねえ、欲に忠実で」

 紫煙を吐き出したルマンドの口角が上がる。
 ルフィの我が儘と執念深さを知っているらしい彼女は悠然と取り引きをしないかと持ちかけてきているのだ。当たり前ながら警戒していないわけではないし、自己評価でか弱いという女は大抵おっかないと相場が決まっている。

「……いくら欲しいの」
「三万ベリーでいいわ」
「ぼったくりじゃねえか」

 空に向かって煙を吐き出したルマンドは、手品のように袖口から三万ベリーを取り出してナミに手渡した。
「羽振りがいいのね」と、皮肉にも聞こえる言葉を吐き出した彼女は立ち去る様子のない男に首を傾げる。
 ──こういう場面では普通「黙ってろよ」とでも言ってその場を離れるものではないだろうか。

「……あなたルフィとどういう関係?」
「十年は昔に会った。あの時はお前をおれの船に乗せてやる≠セったかな。勿論断ったが」

 へらりと笑ったルマンドにナミは言う。

「昔みたいにうまくはいかないわよ」

 どこか確信めいた台詞に「昔うまくいってねえから今こうなんだろ」と表情を変えずに吐き出した男は煙草を足で踏みつぶして路地裏から出て行く。その足が真っ直ぐに向かうのは船着き場だ。

 ──勝率は、ほぼ確実にゼロ。

「お前、おれの仲間になれ」

 太陽を背に笑う麦わら帽子が占拠したボートはルマンドのもので、背後から聞こえてくる足音は先程撒いた彼らのものだ。

「断る。諦めるんだな」
「おれの船にお前がいたらきっと楽しい! 海賊王になるんだ、一緒に来い!」
「諦めるのはアンタの方だ。なんてったってうちの船長は他人の話を聞きやしねえ!」

 つきりと首筋に当てられた切っ先に苦笑い。
 どうやら拒否権は用意していないようだ。

「……海賊ってのはどいつもこいつも物騒でいけねえな」

 にしし、と。麦わらのルフィは殊更楽しそうに笑いルマンドの身体に腕を巻き付ける。

「出港だ〜〜〜!」



相互記念に書かせていただきました。
みーしゃ様に限り苦情、返品、お持ち帰り等受け付けます。
相互リンクありがとうございました。
今後ともよろしくお願い致します。


戻る
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -