配属先が決まった当初の感情は「貧乏くじを引いた」と新しい上官同じく無断で職務放棄をしてしまいたいというものだった。

 すでに積み上がっている書類に最新の報告書を重ね、執務机に足を乗せて惰眠を貪る自堕落大将を見やる。

 残念だ。非常に残念な姿である。

 アイマスクを剥ぎ取り、思い切り脛を叩けば、無駄に長い腕が緩慢に動いた。

「マイ・ダーリン赤犬大将に迷惑をかけないでください」
「それさァ、サカズキ公認じゃないでしょ」
「仕事のサボタージュは公認なんですか?」
「いやいや、そういう話じゃなくってさ」

 やれやれと頬を掻いた新しい上官は「そんなだから移動させられるんだよ」と意味の分からない独り言を呟いてアイマスクを催促してくる。

 渡してやるものか。少なくとも、溜まり溜まった仕事を全て終わらせるまでは。

「ルマンドちゃんさ〜、折角顔もスタイルも良いのに頭は悪いよね」
「セクハラです」
「あらら」

 何食わぬ顔で頭が悪いと罵る上官は、ほんの少しの悪気もないのだろうけれど、いや、ないというのはそれで問題ではないだろうか。

「赤犬大将からあなたの職務を見守る役目を仰せつかった以上、遂行する義務があります。執務室から出させませんからね」
「それっておれが仕事放棄してたらずっとルマンドちゃんと二人きりってこと?」
「ここには男海兵の方が多いんですよ」

 間抜けな発言に現実を見せてやれば、分かりやすく顔を歪めた上官を睨み、愛しの元上官を思い浮かべる。

 あの人は仕事を溜めたことなどなかったし、休暇も滅多に取らないワーカーホリックな仕事人間だった。
 大将なのだから休めないのは分かるけれど、決して若いと言える歳ではないのだから休んでほしいという気持ちは強い。
 よく考えてみれば、今の三大将の中で一番若い青雉大将がサボリ魔であることも関係しているように思えて、より一層「真面目に仕事しろ」という感情が渦巻いてくるのは仕方のないことだ。

 青雉大将は仕事をしないサボリ魔である、ということなんて周知の事実ではあるけれど、他の大将に皺寄せが行っていることを、果たしてこの男は理解しているのだろうか。

「ルマンドちゃんが何かご褒美くれるなら頑張れるんだけどな〜」
「愛と憎悪のビンタでいいですか?」
「憎悪ってなによ、込めるのは愛だけで充分だって」
「世界一愛している赤犬大将の仕事を増やす人に憎悪を抜いたビンタなんてできると思ってるんですか!?」
「サカズキと食事会の席を設けるからさ!」
「私は赤犬大将を眺めていたいだけ!! お話したいわけでも存在を認識されたいわけでもないんですよ!!」

 執務机に付いた手がドンと大きな音を立てる。
 主張したい意思に伴う音量だったそれに面倒臭そうな顔をした上官を私は許さない。

「右斜め後ろから見た顔が格好良いことなんてあなたには分からないんでしょう! 声帯を通り、音として響くあの声に永久停止しそうになる心臓が分からないんでしょう!!」
「……なんていうか、ルマンドちゃんのサカズキに対する想いって偶像崇拝に近いものがあるよね」
「あの人の正義価値観は理解しかねます」
「顔ファンってわけだ」
「……もうそれでいいので仕事をしてください」

 気怠そうに万年筆を取った青雉大将ことクザンさんの手はやっぱりペンだこなんてできていない男の人の手だし、綴られる文字は綺麗とは言えないし。

 それでもまあ、人情に厚いこの人の在り方は嫌いではない。

 嫌いではないというそれが何かの役に立つわけではないし、マリンフォードで巻き起こった大きな戦争は、色々な部分で歪みをきたしたようであるし。
 そこまで強い実感がないのは、非戦闘員に出された避難命令によりマリンフォードを離れていたからだ。けれど倒壊した建物や怪我人の数を見れば悲惨な出来事だったということくらいは理解できる。


「――青キジ大将は赤イヌ大将の下では働けませんものね」

 ぼつりと溢れた言葉に、無人の執務室。
 虚しいと思う。

 間を取って黄猿大将が元帥になってくれれば、赤と青の大将も対立することはなかったんじゃないかと思う反面、中立を守っていたあの人は元帥に推されないだろうことは想像がつく。
 尤も、海軍の勇姿全てを見届けられたわけではない私には、戦争中に途切れた映像の原因だとか、元帥が引退するだとか、大将が二人、マリンフォードから離れたことの言及なんてできないのだけれど。

 どちらに帰ってきてほしい? と、自分に訊ねて、一層のこと二人とも帰って来なければいいのに。なんて投げやりな回答が出てしまうのは、自分にはどうにもできないことだからだろう。

 ――十日間の死闘の末に勝ったのは赤犬大将だった。

 勝者が、正義足り得るならば。

「(……赤犬大将は正しい)」

 次の上官は黄猿大将。
 私はやっぱり「貧乏くじを引いた」と職務放棄を考えて、けれど少しずつ空気が身体に馴染んで心地良くなってしまうのだろう薄情さに嫌気が差した。

 新しい上官は電伝虫の使い方や使用用途の違いを未だによく分かっていないけれど、書類を溜めることはないし、職務放棄をするわけでもない、むしろワーカーホリックとも思える威厳ある大将だ。
 挨拶じみていた「仕事をしてください」は、もう必要がない。

 それがやっぱり、寂しくて。

「本当に、貧乏くじを引いたなあ」

 きっと私はあの人の中身に憧れていて、ゆったりとだらけきったあの空気感が好きだった。



相互記念に女主のお話を書かせていただきました。
夢中様に限り苦情、返品、お持ち帰り等受け付けます。
相互リンクありがとうございました。
今後ともよろしくお願い致します。


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