彼岸花(甘柚様)宅夢主につき名前変換機能ありません。


 おれはきっと、もうこの男を手放してはやれないのだろう。
 随分と前から分かっていた結論を先延ばしにして、彼が拒む未来の景色を取り払えたのなら、それは願ってもない幸福だ。

 彼は、自分の想い人は、ユキという男は、決してモノではない。

 電池が切れたようにパタリと倒れた彼の身体は、些か心配になってしまうほどに軽いけれど、それについて彼は殊更無関心に「死ぬほどじゃねえんだから」と吐き捨てるだけだった。
 彼の中に蔓延るのが途方もない無力感なのか、罪悪感なのか、もっと別のものなのかは分からない。
 それでも彼が詮索をされたくないというのは明確だったし、二度と戻れない温かい過去の記憶を思い起こして、どうにもならない後悔に駆られてほしいとも思っていない。

「――ユキ、ユキ」

 彼はきっと自ら生きようと望んだりしないのだろう。
 けれど、彼は選ばれた、生き残るべき人間だ。

「おれより先に、死なないでくれ」

 その願いは祈りに似ていて。

「……なァんでいるんだよ、ロー」

 薄らと開かれた茶色の双眸にひどく安心して、細い指先が髪の毛を弄ることを甘受する。
 今日のローは素直だな、なんて弱り切った声で言うものだから「お前が甲板でぶっ倒れやがるから運んでやったんだ」とユキの腹に平手打ちした。

 またか、なんて言うけれど、思うけれど。
 不必要な情報で心を痛める不器用な恋人におれはなにをしてやれるのだろうか。

 おれに見えない世界を直視して生きなければならないこの男の救いに、ユキが生きることに縋る理由になれるとは、思えない。
 幾ら幼い頃から見知った仲と言えど、当てつけのように心ない言葉で傷つけた過去は変わらないし、未来の情景を共有できるわけでもなければ、本質的に彼を護ることだってできないのだ。

 ユキのおれに対する感情の根底には、無力で無知なことへの同情が含まれているような気がしてならなくて、おれはそんなユキの特別になりたいわけでは、きっとない。

 特別になりたいわけではないはずなのだけれど、それでも。

「――おれはお前の理由になりたい」
「何言ってんだ。おれはローがいなかったら、多分、とっくの昔に死んでたよ」

 もう少し寝るな、と蒼白い顔で瞼を閉じたユキの手を握った。

 血の通った人間の温かさだ。温もりだ。
 ユキは紛れもなく、他の誰とも変わりのない、何にも代わることのできないたった一人の、ただの人間だ。

「お前が一人で寝れるようになるまで、おれはこの手を離さねえよ」
「……そりゃ、一生一人で寝れねえな」
「心配しなくてもお前のことは死んでも離さねえよ」
「……そうか。愛されてんなあ、おれは」

 そうだ、愛されているお前は生きるべきだ。生きることを望むべきだ。生きることに執着するべきだ。
 世界政府がお前の存在を認めなくたって、命そのものを否定していたって、お前を肯定するおれのために、船員のために生きるべきだ。

 どうせ、もう手放してやることなどできないのだから。

「生きろ、ユキ」



相互記念に連載夢主さんをお借りしました。
甘柚様に限り苦情、返品、お持ち帰り等受け付けます。また、解釈違い、取り下げ希望がありましたらお申し出ください。
相互リンクありがとうございました。
今後ともよろしくお願い致します。


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