目的の港に着いたグロディータのピンヒールが音を立てる。マルコなら不用意に攻撃を仕掛けるはずはないと水の都ウォーターセブンに船を向けたのは間違いではなかった。

「──察しがいいねい、グロディータ」
「おっと、バレたか。かなわねえな」

 赤色の義眼に賭けた忠誠は敬愛だと思っていたが、実のところ依存だったらしい。
 出会ったときほどの力がなくともエドワード・ニューゲートに生きていてほしかったし、時代の王者たる白ひげが命を落とすきっかけとなった元白ひげ海賊団<}ーシャル・D・ティーチを許してはおけない。
 落とし前をつけなければならない。たとえ身を滅ぼそうが本望だ。

 紫煙を吐き出したグロディータは笑う。

「……腸煮えくり返ってんだ。今回ばかりは加勢させてもらうぜ? 不死鳥さん」
「店は?」
「畳んだ。残念ながらおれは冷静かつ正気で本気だ」
「死ぬ覚悟は充分、ってか? ……助かるよい」

 モビーの修繕作業を眺めながらマルコは唇を噛んだ。

 サッチが死に、飛び出して行ったエースを止めることはできず、一瞬の隙を突いたマグマが炎を焼いた。救出は成功したとばかりに思っていた家族が、傘下の海賊の思考が凍り付いたあの戦場で、敬愛する船長が、大切なオヤジが下した決断は、きっと最善策だった。

 けれど。

「オヤジは生きてなくちゃならない人だった。おれが、自由に動けてさえいれば、エースもオヤジも死ななかったかもしれない」
「……マルコ。それでもお前は、生き抜かなくちゃあいけないよ。後を追って死ぬなんて、エディは望まない」
「あの時あの場にいなかったお前に何が分かるんだよい!」
「それじゃあお前、戦いに加勢するなと言われ何も知らされないまま冥王≠ノ拘束されてたおれの何が分かるんだ」
「──っ!」

 グロディータにマルコが見たものも、後悔も分からなければ、マルコもグロディータの失意を分からない。それと同時に大凡他人が推し量れないだろう無念を教えろと、語れと傷の舐め合いを求めるほど馬鹿でもなかった。

 グロディータもマルコもこれ以上己の負い目を語らない。
 向かう先も、望む先も同じなのだ。けれどお互いに、生きなくてはならない。
 拠り所であった、世界の光とも思っていた船長のいない世界で、それでも前に進まなければならない。

「……まずは態勢を立て直さなくちゃあいけないね。仇討ちに参加する船員と、これで船から降りる船員の振り分け。それと──」
「一緒に闘った傘下、同盟を抜ける海賊団への応対、ティーチの居場所の洗い出し」
「配下の島に行っても意味なんてないだろうしねえ……うん、やることが一杯だ。きみの休息も大切だし、そもそも最優先にするべきは負傷した船員の治療だ」

 穏やかな声とは裏腹に冷めた表情にマルコは舌を打つ。

 自分には生きろと言っておいて、この男の目的は明らかにモビーの上で死ぬことだ。後を追った無駄死にはオヤジも生き残った船員も望まない、そんなことは分かっている。グロディータもそれは分かっている。分かっていて、生きようとしていない。

 マルコは深く、ため息を吐いた。

「手当てはナースがやってくれるだろ。モビーにいなかったおれに傘下と同盟結んだ海賊の応対はできねえ。無理はするなよ」
「……ロディ?」
「下船するヤツはもうとっくに降ろしてんだろ? ティーチはおれが追ってやる」
「は、」
「役割分担だ。ティーチの捜索はお前でもできるが、おれに応対はできない。安心しろ、おれはこの期に及んで単騎で動くような勇者ばかじゃない」

 納得いかないとでも言いたげに口を引き結んだマルコにグロディータは作り笑いを貼り付けた。

「マルコ、お前はまずゆっくり休め。ゆっくり休んで、冷静になって、戦略を練るんだ。おれは死なない。お前より先に、お前を残して死んだりしない。いつでも呼び戻してくれて構わない。ここにいろと言うなら留まる。いいかマルコ、おれはお前を独りにしない」

 白ひげを失ったことに対する怒りや無念が晴れたわけではない。
 しかしどうだ、酔い潰した際に白ひげ船員随一で背中を預けられると評価した長年の相棒を喪い、ニューゲートを慕う若い隊長を救えず、命を賭して守りたかったはずの船長に生かされたあの男が抱え込んだ負担・・は。

「随分な愛の告白だねい。お前らしくないよい」
「安心しただろ? 臆病者は、死なねえんだ」

 臙脂のマントを靡かせて、赤い義眼の男は微笑んだ。


「(もう全部、オシマイだ)」


 立ち込める硝煙の匂いと、人の焼ける悪臭。海は既に赤く染まっている。
 青い炎が飛び立った。砲撃が集中する。

「マルコ!」

 満身創痍の仲間が叫んだ。銃弾を呑み込んだ不死鳥は敵船の帆を蹴り倒し、叫ぶ。

「テメエ等は! 生かしておいちゃいけねえんだよい!!」

 幻想的にも見える青い炎がプツリと途切れる。黒ひげ―マーシャル・D・ティーチの能力だ。
 一瞬の隙を突いて敵船へ飛び移ったグロディータは相対する海賊の得物を奪い取り、次々と切り伏せていく。数発か、数十発か、身体を貫いた弾丸にも男は止まらない。
 死角を狙われ捌き切れない攻撃にフレアコートが赤黒く染まる。そんな負傷もお構いなしに武器を奪い、薙ぎ倒していくグロディータの痛覚は正常に働いてなどいなかった。

「気味が悪ィ! 何か喋ったらどうだ、この──」

 その先は言わせないとばかりにティーチを蹴り上げたマルコに銃撃が降り注いだ。焦げ茶色のフレアコートが空を舞う。
 高い金属音と一陣の風が弾丸を狙撃手の下へ押し戻した。

「くたばれ世界のゴミ共」

 怒気を宿したグロディータの台詞にイゾウの援護射撃が飛ぶ。
 戦況はやや劣勢だったが白ひげ海賊団残党の士気は下がらない。
 金属音と鈍い打突音が甲板を支配し、海に銃声が響き渡った。
 そこら中から赤が飛び散る。
 パタリパタリと人が倒れていく。グロディータは敗北を悟った。けれどもう、引き返すことはできない。

「──マルコ! 生きろ」

 鈍い銃声と赤く濡れた一本の刀がフレアコートを貫いた。

「……っ、ロディ!」

 血が汚した綺麗な顔に笑みを浮かべ、エドワード・ニューゲートが見込んだ紫の瞳を閉じた灰白色の頭髪が、赤黒く染まった海に呑み込まれる。

 一瞬の間。咆哮。

 深い悲しみに沈んだ一年の準備期間を経て結集した白ひげ海賊団残党の想いは虚しく、惨敗した。


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