「次はどこで会おうね、マドモアゼル?」
「何格好付けてやがる。おれがあと一歩遅けりゃ漂流してたくせによい」

 ごつりと勢い良く男の頭を殴りつけた特徴的な金髪の男はわざとらしくため息を吐いた。

「海に落ちたら泳げばいい。おれはマルコと違って能力者じゃねえし、カナヅチでもねえからな」
「万が一ってこともあるだろうが。アンタの身に何かあって動くのが誰か忘れたわけじゃあねえだろい」
「左目をあげた報酬にしては手厚すぎると思うけどね。用件は?」
「……ああ、オヤジが会いたがっててねい」
「そりゃあちょうどいい。かわいこちゃんに貢いでスカンピンだったんだ」

 マルコが胸に刻んだ誇りと同じ印が刻まれた赤い義眼がきらりと海を反射する。
 端正な顔立ちを一切隠さない灰白色かいはくしょくの頭髪にひらりと広がるフレアコートは、彼が善良な民間人を装うときと雰囲気が違うようにも感じられた。

 ――あくまでも別人と言われれば他人の空似で済ませられないこともない£度のものであるそれを変装≠セとか擬装≠ニ呼ぶのは甚だ烏滸がましいことであるが。

「うちの船の金品持って行ったらただじゃおかねえよい」
「おお、こわいコワイ。エディの積み荷に頼らなくたって収入はあるってのに」
「調子を取るのがうまくて人望のある善良な窃盗犯です、とでも言いてえのかよい。馬鹿馬鹿しい」
「馬鹿馬鹿しい? 生き方が巧いと言えよ。下手な窃盗や物乞いに走る莫迦なスラムのガキじゃねえんだ」

 棘のある言い方ではあるものの、気に障ったわけではないらしいことを瞳から読み取ったマルコは一発思い切り男を殴る。

「兄弟を馬鹿にするんじゃねえよい」
「エディが死んだらどうすんだ。確かにその姿だけで威圧できる男ではあるが、人である以上、いつか終わりは来るぞ」

 覚悟、できてるのかよ。僅かに青色に寄った男の目にマルコは黙り込んだ。
 怪物と囃し立てられようと、まともに治療を受けたがらないオヤジ――エドワード・ニューゲートは歴とした人間なのである。

「海が赤く染まるぞ」
「そう思うならロディからも言ってやってくれよい」
「やだね。死体は貴重な資金源だ」
「……っテメエは!」
「エディが、次の時代に賭けてる以上、おれには何もできない」

 掴みかかったマルコの手を解いた男――グロディータは諦めたように瞼を閉じた。

「何でお前はそうやって初めから……!」
「言ったさ! おれだって!!」

 殺したいわけではない。
 救いたくないわけではない。

 それは誇りを刻んだ義眼を身に着けるグロディータも同じだった。

「きっと、そう遠くはない未来の話だ。エディが死んだら考えるじゃあ、遅いんだよ」
「……場合にもよるよい」
「大海賊エドワード・ニューゲートが死んで開く穴は、十五人の隊長格で収められるようなもんじゃねえだろ」
「十六人だ。新しく威勢のいい弟が二番隊の隊長になった」
「――……エディは、その若いのを紹介するためにお前を寄越したのか」

 話を逸らすように言った男にマルコはああ、と一つ思い出した。

 グロディータは、できる限り未来を見たくない男なのである。けれど彼は決して今だけを見ているわけではなく、海賊に荒らされ、辺りが赤く染まった過去の再来を恐れているに過ぎなかった。
 大海賊、エドワード・ニューゲートの死は、男にとっての恐怖なのである。そして人はしばしば、過去に結びつく恐怖観念に蓋をする。

「用件が分かったらさっさと背中に乗らねえか」
「安全飛行で頼むよ」

 未だ白ひげ海賊団二番隊隊長と書かれた手配書が配られているグロディータは、正式な二番隊隊長の参入によって元≠ニ書き記されるのだろうか。
 正確に言えば白ひげ海賊団ですらないこの男を慕う船員も数いるが、それでもオヤジは、エドワード・ニューゲートは、船員は実力を認めてエースを選んだのだ。

 ――狂言師グロディータは白ひげ海賊団二番隊隊長ではない。

 彼がこの事実を広めたい理由は他でもなく、世界に轟く大海賊・白ひげ海賊団船長、エドワード・ニューゲートを尊敬しているからだ。
 例えニューゲートがどのような最期を迎えようとも世界は変わる。グロディータはそれが嫌だった。

「……エディの最期には立ち会えそうにない」
「物騒なこと言ってんじゃねえよい」
「おれには何もできないからね」

 諦めに似た独り言を聞き流し、マルコは青空へ飛び立った。


[ prev / next ]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -