――結果からいえばペンギンが信じた予測は大正解である。
男はこの島の次に指す永久指針を持っていたし、ついでに言えばこの島の永久指針も持っていて、その両方を譲ってもらうことに成功した。
しかし、その男が二つの永久指針をペンギンへ渡した場所は例の酒場ではない。
完全に臨戦態勢である船長、トラファルガー・ローの斬撃をへらりへらりと躱し、毛先一本さえ円に入らなかった男は、ペンギンに膝をつき、手の甲にキスをした後、自ら置いていったのだ。
自船に戻るなり行われたそれに酷く混乱したペンギンは見事にローの円に入り、首と身体を切り離される事態になったのである。
その寸前までペンギンの目の前にいた男は既に船から飛び降りていて、意気揚々と港から判別できない距離に離れていた。
「おいペンギン、何だあいつは」
「街で会った酒屋の店主だよ!」
「本性は?」
胴体から切り離された首を掌の真上に放りながら訊ねる船長にペンギンは堪らず叫ぶ。
「ちょっと勘が良くて! 身体能力の高い、一般人だって!」
「まさかお前、おれが一般人を切れねえとでも言いたいのか」
「ち、違いますって船長! 船長はあの男が一般人と分かってて当たらないように加減してたんでしょう!?」
――本音を言うと、とても加減していたようには見えないけれど。
「……まあいい。お前のおかげで臨時収入もあったしな」
無事に首と身体を戻されたペンギンがローの言葉に甲板を見遣れば、そこには何か中身が大量に入っているらしい見覚えのない麻袋が目に入る。
嬉々として中身を持ち上げたシャチにペンギンが蒼褪めた。
港へ身体を向け、遠くで手を振る影に声を張り上げる。
「お前何やってんだ!! 自分のために使えよ!!!」
恐らく聞く気のない男の耳元でもう一度言ってやろうと動いたペンギンは、無情にも港を離れている潜水艇に膝から崩れ落ちた。
「まあまあ、これで贅沢できるんだからいいじゃねえか!」
「よくない、全然よくない……!」
両手に札束を握り、上機嫌なキャスケット帽の船員に力なく首を横に振る。
「善良な一般人からこんな大金……永久指針まで受け取って、ハーメルンが散財して野垂れ死にでもしたらどうすんだよ」
「ハーメルン? あの男の名前か?」
「名前は知らないです」
「あ? じゃあなんだ、笛吹いてネズミ退治でもしてたってのか」
脱力したペンギンが「その後の話の方だ」と言えば、眉間に皺を寄せ、いまいち納得していない様子のローは黙り込んだ。
「何の話ですか? ネズミ退治とか、その後とか」
ペンギンとローの会話に首を傾げたキャスケット帽――シャチが訊ねる。
数秒の間、口を開いたローは「お前はもう少し本を読んだ方がいい」と吐き捨て船房へと姿を消した。
「……? なあ、ペンギン。この金はありがたく使うべきだと思うんだ」
「次に会ったとき、何要求されるか分かったもんじゃねえだろ」
「一般人なんだろ? それならあの島に行かなきゃいいだけの話で、野垂れ死んだらそれは自業自得じゃねえか」
ニッと歯を見せて笑ったシャチに、言われてみれば確かにそうだとペンギンは顔を上げる。
しかし、大凡海賊向きではない性格から、名も知れぬ男が心配になってしまう。
何せ相手は学校に通う金のない子供たちに勉学を教える酒屋の店主なのだ。
そんな善良な一般人である男が、麻袋一杯の金品を貯めるのに何年の月日を要したのか定かではない。それを今日、今さっき会ったばかりの男にひょいと渡してしまうとは、なんて豪気な男であろうか。
豪気ではなく、ただの馬鹿か相当なお人好しで間抜けな男だったのかも知れない。
けれど、勉学を教えるという名目で子供を任せられるほどに信頼されているというのはつまり、人望があるということだ。
幾ら金のない家の子供だと言え、飢え死にさせるほど薄情でもないだろう。
「今度会ったら礼ぐらいは言わねえとな」
――呟いたペンギンは停泊を予想した軍艦が男の手によって撃墜されたことを知らない。
「次はどこで会おうね、マドモアゼル?」
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