「海軍支部なんて気にする必要もないだろう。永久指針がタダで手に入るなら別だがな」
ペンギンの読み通り、折角の有人島であるというのに船の中で本を読み耽っていたローは大した興味も示さずそう答えた。
「でも船長」
「でもだってじゃない。おれが大丈夫だと言ってるんだ、心配するな」
それまで本に注がれていた視線をペンギンへ向けた船長がため息交じりにそう伝える。
「……はい。じゃあ、買い出し行ってきます」
おう、行ってこい。と追い払うように告げたローの視線は再び本へと注がれた。
帽子のつばを引き下げ、船から降りたペンギンは一つ、大きくため息を吐く。
「永久指針がただで手に入るわけないだろ」
とは言えできる限り早く島から出たいという感情から島民への接触を試みるが、なかなかどうしてこれが成功しない。
「――! ――――」
一週間目立たないように過ごすしかないかと諦めたところで耳に入った声音にペンギンはきょろきょろと辺りを見回した。
真っ先に目に入るのは、幼い子供たちが一斉に駆け出していく様子である。照らし合わせたように同じ方向に向かっていく幼子たちの近くに親らしきものは見当たらない。
随分と不用心で、平和ボケしている大人たちだ。だというのに、外の人間と会話しようという気はないらしいのだから、一体どういうことなのだと思わなくもない。
「―――、――――!」
先ほど聞こえたものと同じ声に子供の声が混じっていた。
――親の元に駆けて行ったにしては量が多い。
横を通り抜けたショートヘアの女性を目で追えば、彼女の目的地はどうやら子供たちと同じらしいことに気がついた。
自然と動いた足がその女性を追いかける。
まるでストーカであるそれに苦笑いしつつ、ピタリと動作の止まった女性に倣い足を止めた。
朧気だった声は喧騒に掻き消されないはっきりとした言葉になって耳に届く。
瞬間、ハッとした。
何色と表現すればいいのか分からない頭髪に健康的な肌色、きらりと鮮やかな紫色の瞳は早々いるはずもない。
聞いてもいないのに記録が溜まるまでの時間を口にした男だった。
腕が通せるように開いたワインレッドのマントがひらりと翻る。太陽光を反射した色素の薄い頭髪が微かに揺れた。
ちらりと動いた紫色の瞳が、立ち尽くすペンギンを捉える。
驚いたように目を見開いた男はずいと子供たちの間を縫って距離を縮めた。
「やあ、さっきぶり。残念だけどおれはこれから用事があるから、できれば二、三時間後にそこの酒屋に来ておくれ。それじゃあね」
指で向かいにある酒屋を示した男はペンギンの肩を二回叩くと踵を返して子供たちの前へと舞い戻った。
かつりこつりと軽快な足音が響く。
それは男の履くピンヒールの踵と、綺麗に塗装された地面がぶつかって奏でられているらしかった。
笛こそ吹いていないが、子供を引き連れてどこかへ向かう男の姿は、どこかの土地で起こったとされる手記に残された男のようである。
「笛の代わりに足音って? 本の読みすぎはおれの方か」
二、三時間後に酒屋へ顔を出すらしい男が目的のモノを持っているとは限らないが、タダで譲り受けられる可能性を信じてペンギンは時間の使い方を考えた。
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