海賊であるペンギンと男の出会いは珍しいものではなかった。

 橙色の髪というには色褪せていて、かといって金髪とも言えない頭髪に目を惹かれ、何を見ているのか呆然と立ち尽くす男に声を掛けたのだ。
 振り返った色素の薄い頭髪は太陽光を受けて退色したのかも知れないと思わせる健康的な肌色で、綺麗に澄んだ紫色の瞳にペンギンの姿が映り込む。

「これはまた……可愛らしいのが来たね」

 思わず後退ったペンギンに広げた両手を肩まで上げ敵意はないことを伝えた男はにっこりと微笑んだ。

「お茶でもしていくかい?」
「……いや、いいよ」
「そんなこと言わずにさ、行こうよ」

 どうやらこちらの意志を無視して自分の意志を通そうとしていることに気がついたペンギンはすいと男の手を躱した。

 ――ようやく辿り着いた有人島で、女と遊ぶ時間をわざわざ男にくれてやろうとは思わない。

「ここね、遊郭ないんだよ」

 懐から葉巻を取り出した男はマッチを擦り、揺らめく炎を眺めながら言った。

「は?」
「あー……えっと、何て言うの? 売春宿? ねえんだよ、この島」

 聞き返すというより悪態をついたペンギンの声に言葉を変えて伝えた男は困ったように眉根を寄せる。

「マジかよ! あ〜、なんだそれ」
「それが分かるとお兄さん暇だろう? 一緒にお茶しない?」
「残念だがおれは買い出しに来ていてな」
「手伝ったげるよ、予定外に暇なんだ」

 葉巻を咥え、紫煙を吐き出した男は殊更楽しそうに提案する。
 ペンギンは目を眇め、何を言っても付き纏ってきそうな男の同行を拒否した。

「おや、ザンネン。フラれちゃった」
「男を侍らす趣味はなくてな」

 ぶっきらぼうに返せば男は残念そうに「そうかい」と一言だけ吐き出し、踵を返すと再び呆然と何かを見上げた。
 どうやら本当にただの暇つぶしに誘っただけだったらしい態度に僅かに心が痛んだペンギンが男に倣って空を見上げる。

 男の視界には、一体何が入っているというのだろうか。

 口を開きかけたペンギンは、振り返って瞠目した男に言葉を呑み込んだ。

「何なに、どうしたの。忙しいんじゃなかった?」
「いや……えーっと、何見てんだ?」
「青い鳥が来ないなあって」
「青い鳥……?」

 海賊である以上、真っ先にペンギンの脳内に浮かんでしまうのは大海賊の隊長として名高い男であるが、こんな一般人がそういった野蛮な人種と交流があるとは思えない。

 この男の見た目から判断するなら――。

「童話の読みすぎなんじゃねえの」
「幸福の象徴は鳥籠の中、って? ふふ、そうかもね」

 目を閉じ、首を傾けた男は顔の半分を隠す前髪を指先で払った。強く癖がついてしまっているらしい頭髪は左目を覆い隠す。

 客観的に見て綺麗な顔をしているというのに、唇にピアスを付け、髪の毛で顔を隠しているところを見れば、あまり自分の顔を好きではないかも知れなかった。

 再度空を見上げ、ペンギンへ視線を遣った男が思い出したように口を開く。

「この島、記録ログが溜まるまで一週間かかるから、先を急ぐならどこかで永久指針エターナルポースを手に入れなくっちゃあいけないよ」

 じゃね、また今度。目を細め、ひらひらと手を振った男は、女性の足音に似た高く軽い音を響かせてその場を去ってしまった。

「……永久指針、ねえ」

 男が告げた記録が溜まるまでの期間は一週間。
 一ヶ月だとか、一年だとか。それに比べれば可愛らしい期間であるが、近くに海軍支部が存在するこの島に一週間の滞在は命取りであることは明白だ。勿論、自分の船長が支部の海兵ごときに負けるとは思っていないが、戦闘が避けられるのならばそれに越したことはない。

 しかし、ハートの海賊団のお財布事情は、ペンギンの独断だけで永久指針を購入できるほど裕福ではないのだ。

「キャプテンに報告しねえとなあ」

 ため息を吐いたペンギンは、恐らく船内に閉じこもっているだろう船長――トラファルガー・ローの下へ足を進めた。


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