過去の話



「太宰さんって本当にマフィアの幹部だったみたいな顔してる」
太宰の、みたらし団子を口に放り込む手が止まった。彼女は相変わらずテレビを見ているままである。視線を戻して団子に戻して三つのうち残った二つの、そのうちの一個を口に入れながら彼女は私の過去を知らないのだろうかと勘繰った。
自分から「私は昔、ポートマフィアの幹部だったのだよ」と声高らかに宣言した覚えは無いが、いつかそれとなく匂わせた記憶はある。探偵社でもそのことは暗黙の了解のようなものとなっているはずであった。それに気付かぬほど彼女が鈍感だったとは思えないのだが。
最初の言葉を発したきり、彼女は続きを話さない。どうやら彼女の中ではその言葉で全てが完結している様だった。
「……私は本当にポートマフィアの幹部だったのだよ」
言おうか言わまいか、少し悩んで太宰は結局言うことにした。彼女に過去を知られたところで別に不都合なところなど一つも無いからである。
だからどちらかと言えば、太宰治は自分がかつてポートマフィアの幹部であったことを、それこそ珍しく親切心で彼女に教えたというのに。
「知ってるけど」
こいつは何を言っているんだ、とでも言いたげな彼女の目がこちらを睨んだ。
「てっきり知らないものかと」
「知ってるわ」
知っているのに二度も言うなんてお前は二度手間が好きだな二度手間人間とでも呼んでやろうか、口では何も言わずとも彼女の目が語っていた。心底、不本意である。
「まあそれ以上のことは知らないんだけどね」
ぽつりと、そんなことを言う。
無理もない。太宰治の過去というものは、太宰治がマフィアを抜ける際に完全に消却されてしまったもので、今さら彼女がどんな手を使ってどんなに太宰治の過去というものを探ろうとしてもこの世には無いものである。
十五歳の太宰治も十八歳の太宰治も、もう既にこの世にはいない。否、最初からそんな「太宰治」は存在しないのだ。
「過去の私が知りたいかい?」
「別に〜?」
太宰の食べ残した最後の一つのみたらし団子を彼女がひょいっと取って食べた。太宰がその脚を蹴る。
まあ彼女が自分の過去を知りたいと言ってきたところでそれはそれで気味が悪いのだが。
かくいう太宰も、彼女の過去を聞くなんていう気にはなれなかった。何かあったのかもしれないし、何もなかったのかもしれない。
彼女の過去など何一つ知らないし、これから調べようという気もこれまで起きたことなど無かった。
「君は私のポートマフィア幹部なんて面白そうな過去、知りたくないの?」
「太宰さんの過去になぞ興味はないよ」
「そう」
人が人の過去に興味を示さない理由は何であろう。人が人の過去を詮索したいと思うのは単なる好奇心だという理由が多い。
ソファで隣に座る彼女との距離は三十センチである。
恋人同士の距離と言われれば少し遠いし、知り合い同士の距離であると言われれば少し近い。太宰治と彼女は恋人同士であるが、二人の間に「恋愛」という距離は存在しない。
太宰治が彼女の全てを知ろうとしない故に、全てを知りたいと澄まし顔で甘い言葉を吐ける距離にいない故に、当然、太宰治は彼女の全てを知らない。全てを知らないものに、人はその全てを知るため、どこまでもその背中を追いかけなければいけない。それを人の性と呼ぶのは少し雑だろうか。
「知れば知るほど、知らないことが増えていくね」
彼女がまるで、独り言のように呟いた。
知ってる人も、いつか知らない人になる。
隣に座る彼女のその横顔に、酷く、懐かしい何かを感じた。



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