未来の話


未来とは一体、どうであれば良いものなのだろう。
煌びやかなものか。幸福に満ち溢れたものか。希望と慈愛に満ちたものか。それとも、これから歩む道の先は、絶望に覆い尽くされたものであっても良いのか。
幸福と絶望は紙一重である。誰かを愛するという幸福は同時に、いつか誰かと別れる日の哀しみを増大させる絶望である。絶望は愛ではないが、愛は絶望である。
こんな話はどうでもいい。
隣に座る太宰を見る。ソファから惜しみなく投げ出された脚がプラプラと宙を漂っていた。目の焦点はもう彼女を捉えてはいなかった。ただぼうっと、遠くを見るかの様に天井に注がれているだけである。
「未来はどうなるのだろう」
主語も目的語も曖昧なまま太宰の口から言葉が発せられたのは凡そ四十秒前。それが自分に向けられた言葉なのか、太宰のただの独り言なのか判断すること五秒。これは独り言である。
そして私は太宰治の独り言を、拾った。

「未来はなるようにしかならないよ」
私の独り言を拾わなかったのか、もしくは聞こえなかったのか、太宰は何も応えず天井に視線を注ぎ続けるだけである。
遥か昔、人類がこの設問に的確な答えが出せていれば、太宰治という人間はもしかすれば自殺志願者になどなっていなかったのかもしれない、と思った。
「……未来は分からないが、それは多少なりとも自分の手で作ることができるものだ」
太宰が、呟いた。
「太宰さんも自分の未来を作ってるの?」
「作っているよ」
そう言うと、疲れた様な、大きな溜息を吐いて太宰はソファに深く座り直した。その振動で身体が揺れた。
深く座り直して、かと言って未来についての話を真面目に論ずる気も無いらしく、ただ彼女の髪を一房取っては指で解いて、再びそれを繰り返した。
手入れされた髪は柔らかく太宰の指の間をすり抜けたが、先日口説いた女性のほうがもっと柔らかくていい匂いがすると太宰は思った。
「太宰さんはどんな未来を作ってるの?」
「君の、いない未来を作ってるよ」
「私がいなくなったら太宰さんが触る髪も無くなるのに?」
「もっと上質な髪の女の人がいるよ」
太宰に聞こえないよう、喉の奥で笑った。そんな人間は少し探せばいくらでもいる。自分より可愛い人も頭のいい人も、太宰治のことを心の底から愛し、幸福に導く人も。多分この無駄に広い世界のどこかには。
太宰治という男は、凡そなんでもこなすが、趣味が悪い男である。
「太宰さん、髪、離してよ」
「嫌だね」
髪を手ぐしで解き続けながら太宰は言った。君とでは幸せになれなさそうだ。
う〜ん、と天を仰いで私は唸った。この男とでは幸せになれなさそうだ。
お前とでは幸せにはなれない。幸福をもたらさない。ただ、恋も愛も分からなくなるほどお互いを忌み嫌い合うだけである。それは愛ではない。愛であったとしても愛ではないと言い張るくらいにはこの男を愛していない。愛していないなんて、まるで告白の様だけど。
「君と歩む未来はまるで地獄みたいだ」
今度こそ声を出して笑ってしまった。可愛い子ぶって頭を太宰の肩にぽすっと乗せれば、太宰は嫌そうな顔をした。心底、不本意である。
この男とでは幸せにはなれないが。
「太宰さんと歩む道を未来と位置づけるなら、それは地獄と呼ぶ未来なんだろうね」
太宰は何も応えなかったが、この男以外と地獄の底を見る気も起こらなかった。
地獄は地獄でも案外居心地の悪くない地獄があるものである。
彼女の髪を触る指が、酷く優しかった。



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