食えない男



膝の上に重たい鉛がのしかかった様であると思った。
鉛の正体は太宰治。健康的に昼ごはんを食べてからというもの、どうしてもやる気が出ない様で、私の膝の上であ〜だのう〜だの、言葉にならない声を時折発しては、つまらなさそうに私を見ていた。
そんな太宰と同じような目をして、私もまたテレビから流れる笑い声を聞いている。そんな日曜の昼下がりであった。
かり、かり、とすることも無く、かと言って昼ごはんを食べたばかりだというのに少し口が寂しくて、私はテーブルの上に放って置かれていたポテトチップスを口にした。腹が減っているわけではない。ただ何か、口に入れておきたかった。
特段面白くもない番組。空かない腹。重い膝の上。
人の身体は退屈で死ぬことは無いが、退屈で死ぬ心はある。そんなことをぼんやりと考えていれば、視界の下端から、ゆらり、と指が現れた。
ゆらり
それを三秒、見なかったことにした。
ゆらり、ゆらり
三秒、考えて、諦めた。
ゆらり
宙を漂う太宰の手に食べかけのポテトチップスの袋を渡した。渡したのだが。
太宰の手はペチペチと袋を叩くだけで、一向に自分からポテトチップスを取ろうとしない。よもやこいつ、自分で食べることすらめんどくさいのか。
お前があくまでそのようなスタンスで行くなら私も同じだ、とポテトチップスを一枚取って太宰の口内に突っ込んだ。
っ」
太宰の噎せる音。ざまあみやがれと心の中で中指を立てる。
二、三回咳き込む振動が膝伝いで伝わって、やがて大人しくなり、口内に突っ込んだ指から太宰が舌と歯でポテトチップスを取ろうとする生温い感触がした。
ポテトチップスをちまちまと噛んで、ああこの男は咀嚼すらめんどくさいのか、一枚のポテトチップスをやっとのことで食べ終わると、指先をヌルッとしたものが過ぎった。そう言えばこの男はポテトチップスを食べた後に指を舐める種類の人間である。
もうこれでいいだろ、と指を抜こうとするや否や、先程まで力なく宙を漂っていた太宰の手が手首を掴んだ。
何をするんだと思うのも束の間、先程まで指先に当たっていた歯が、カチリ、と何か硬いものに当たった音が小さく鳴った。それが中指についていた指輪だと理解するまで、多少の時間を要した。
「いっ」
たい、と寸でのところで出かかって言葉を呑み込んだ。ちくりとした痛みに反射的に手を引っ込めてみれば、中指の付け根にくっきりと赤い噛み傷がついている。
クソ野郎、舌打ちをするのを、舌で先程までそこにあった指輪を転がしながら太宰は満足そうに見上げていた。



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