恋というのは



ここからが夏本番だと天気予報が言う七月。まだ本番じゃないのかと耳を疑ったのが今朝。
ベランダの向こうでは数メートル先の地面から陽炎が揺らいでいる。壊れたクーラー。
炭酸の抜けたラムネ、手の熱さと同じ温度の砂糖水だけが手の中にあった。せめてもの涼しさをと出した年季の入った扇風機は、彼女に首を固定されたまま弱い風を吹かせていた。
あ〜、と宇宙人の真似をする彼女はまるで小学生の様であった。いくら袖を捲れど暑さには敵わない。付けっぱなしのテレビのワイドショーから、街角の恋人達が流れていた。こんな暑い日に世の恋人は外に出るというのか。

「ね〜扇風機の風こっちにも寄越して〜」
「無理」
畳の上でアイスを咥えながら溶ける太宰。こんな日にまで長袖を着て包帯を巻くのだから暑いのは自業自得である。
暑くて本当に死んでしまいそうと喚く太宰に、脳内でこの男の口の閉じ方を検索した。勿論ヒットはしなかったが。
窓越しに視覚情報として入ってくる暑さと、体感温度で感じる室内の暑さと、畳の上で茹だる太宰の暑苦しさと。
扇風機からの風が額に張り付いた前髪を揺らせど、脳みそが溶けてしまえると思えるほどの蒸し暑さであった。まともな思考回路など正気で保っていられまい。例え正気を保っていられたとして意味ないのだろうとまともに考えることを諦めてテレビに視線を戻した。

昼下がりのワイドショーでは、最近の若者にこの夏オススメのデートスポットを紹介していた。室内遊園地、焼けない温室プール、開放感のあるビーチ、落ち着いた美術館に涼し気な鍾乳洞。どれもそれなりに楽しげな場所で、インタビューに答えたどのカップルもこの日差しに負けぬほどの笑顔をしていた。きっと、彼らは純粋に楽しんでいるのだろう。
素敵なカップルさん達でしたね〜と、アナウンサーの声。確かに素敵であった。どの様な形であれ二人の人間が、お互い満足して笑っているのだから彼等にとっての恋愛というものは素敵なものであるに違いない。それは彼等にとっての真実で、例えそれを誰が偽りだと言おうと、彼等にとって恋愛というものは確かに素敵なものであるのだ。
恋愛が必ずしも素敵なものであるとは思っていないが、どうやっても目には見えないものである、恋愛が素敵か、素敵でないかは確かめようがない。
「普通」という言葉を頼りにするつもりは微塵も無いが、それでも人間が恋愛というものを「普通は素敵なものだ」と言うのであれば、それは本当は素敵なものであるのかもしれない。

最も、目の前の男と恋愛をする気など微塵も無いが。だからこそ、ちゃんとした恋愛というものが、ちゃんと二人で生きるという行為の定義が、曖昧にボヤけてみえるのだ。
「恋愛ってのは本当のところ、どうやってやるんだろうね」

これは独り言ではあるが、可能であれば誰かの返事が欲しかった。
恋愛とはこういうものだと、明確な意見が欲しかった。それでも部屋に反響するのは扇風機の回る音と、外で鳴く蝉の音と、既に話題が変わったテレビからのアナウンサーの声である。太宰が何か答えてくれるとは最初から期待してはいなかった。
期待してはいなかったが、この男ならば、それらしい答えの一つや二つ、もしかすれば知っているのかもしれないと思った。
何かアクションを起こさないかと太宰を見遣るが、そこには微動だにしない成人男性が畳の上にいるだけである。諦めて再びテレビに視線を戻せば、同時に暑さもまたぶり返してくる。今日は本当にどうにかしてやがる。
背後から布地の擦れる音がして、それはまさに一瞬であった。

「ね、」

は、と息を吐く暇は無かった。目の前に迫った太宰の顔、倒れる扇風機、お腹の上に感じる重さと暑さはこの男のものだ。
「だざ、ッッ?!!?」
口を開いて言葉を発しようとも、甘くて冷たい何かがそれを拒んだ。それが、彼が先程まで食べていたアイスだと認識するのには時間がかかった。彼は甘いものがとりわけ好きでもないはずなのに、そのアイスは喉が焼けるほど甘かった。
「____」
再び呼ばれた自分の名前に、もはや反応を示さなかった。示せない。暑い。蒸し暑い部屋の温度と、上にのしかかるこの男の体温と。熱い。本当に脳みそが溶けそうであった。
この世の全ての砂糖を詰め込んだかの様な悪趣味なまでの甘ったるいアイスで喉が爛れるほど熱かった。背後で聞こえる蝉の声が一層、気持ちを暑くさせる。
もはや、何でもよかった。暑くて熱くて、何が何だか分からなかった。
誰のかも分からない汗で視界が霞む中、確かに声を聞く。熱さを孕んだ太宰の声が耳から入って、身体中の血管が沸騰しそうであった。
「恋愛ってのは、こうやってやるんだよ」
余裕ぶって笑うこの男の熱さは、夏のせいか。



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