ハッピーバスデークソ野郎



そういえば今日は誕生日だった、とは日の暮れる頃に気が付いた。
気が付いたが、もうそんな事に拘っていられるほど、純粋な歳でも無かった。否、本当なら年相応に浮かれてもよかったのだろうが、少なくとも太宰治にとって自分の誕生日というものは、瞬きの間に過ぎていく日常の一部に過ぎなかった。
加えて今日は幕僚の護衛依頼のために家にすら帰れない可能性がある。誕生日に限って何故、と愚痴を零しそうになるも、かと言って家に帰って彼女が何か自分の誕生日を祝う準備をしているとはとてもじゃないが考え難かった。いつも通り、『夕飯は要らない』とだけメールをして携帯電話を仕舞う。
朱に染まる水面、肌を撫でる風はもう冷たくは無かった。歳をとるのも慣れてしまえば気にも留めなくなる。刺激的な何をしても慣れてしまえば存外つまらないものだと、弱冠二十にして誕生日の暮れ、太宰治はそう思っていたのである。

それでも、誕生日という「記念日」を大切にするのが普通の人の性であって、そしてそれは武装探偵社員も同じであった。
日付が変わるか変わらないか、ギリギリに終わった仕事の、いつも通りに解散して帰宅しようとすれば、擦れ違う探偵社員に次々と細々としたプレゼントを貰った。どれもが大したものではない。食べかけの洋菓子から包装された万年筆まで、プレゼントの種類は様々であった。

「お前も今日くらいはちゃんと真っ直ぐ家に帰れ」
祝ってくれる人がいるだろう。国木田を仕事の打ち上げに誘うもそう言われ、家に人はいるが祝ってはくれないんだよな、と太宰は一人ボヤいた。
然しこの夜更けに外で一人で呑む酒もまた侘しく、太宰は大人しく帰路につくしか無かったのである。
せめてもの気晴らしにと、家に酒はまだあるだろうから、深夜営業のコンビニで二、三品のツマミを調達した。
だから、まさかそろそろ日付を越えるこの時間帯に、彼女が自分を待って起きているなど、本当に思いもよらなかったのだ。

「……何してるの?」
「太宰さんが帰ってくるの待ってた」
あまりにもすんなりと返された答えに太宰は戸惑った。
恐らく夕食も入浴も済ませたであろう彼女。つまらなさそうなテレビ番組を適当に流して本を読んでいた。今日に限って、彼女がわざわざ起きてリビングで本を読む理由など無いのだ。否、本当はあるのかもしれない。だが今日に限って。

「ケーキ食べる?」

太宰治は、耳を疑った。
「…どうしたの?」
「誕生日でしょ?」
もはや頭を抱えるしかなかった。自分が間違っていたのだろうか。「誕生日」という言葉がここまでの強制力を持つとは。普段なら絶対そんな事はしない彼女を、そうさせてしまう力があるのか。
そんな目線を向ければ、ムスッとした顔で本を閉じて此方を一瞥した後、彼女は疲れたように溜息を吐いた。

「誕生日にケーキを買われて良い気はしない?」
「……買うなとは言ってないけど」
「君はそういう人間ではないだろう」とは、何故か言えなかった。彼女は別に、何も悪いことはしていないのである。
「驚いただけだよ。寝ないで待っていてくれたのかい?」
そう問うも彼女は何も答えず、ただ無言で冷蔵庫からケーキを取り出した。ホールケーキである。しかも、そこそこ大きい。丁寧に二人分のナイフとフォークと食器まで取り出してテーブルの上に運んだ。どこにあったのか、ご丁寧に蝋燭まで用意してある。
太宰は、ケーキに蝋燭が差されるのをもう十数年ぶりに見たし、恐らくそれが自分の誕生日であったことは初めてのことであるかも知れなかった。
シュッと音がすれば、見事にマッチの先が燃えて、その明かりは蝋燭の先に移っていった。
「歌でも歌おうか?」
表情を変えずに言う彼女が、とうとう気味が悪くなってそれを手で制した。
「…自殺志願者の生きた年を数えるなんて、君も暇だね」
その言葉に彼女は一瞬ポカンとした様な顔をして、しかし次の瞬間には何時もの、悪巧みをしていそうな、腹の立つ顔に戻っていた。
「太宰さんの歳を数えているわけじゃないよ」
「なら何故」
「誕生日を祝われると、生きているって気がするでしょ?」
太宰がその言葉の真意を理解するより前に、付けっぱなしのテレビから、日付を越える声が流れたのが先であった。
誕生日が終わった。今日はもう六月十九日である。
あ〜あ、と彼女がわざとらしく呟いたかと思えば
「今年も生き延びちゃったね」
それはまるで悪戯が成功した子供の様に。心底嬉しそうに口角を上げた彼女に太宰は、最大の悪意と怒りを込めて蝋燭を吹き消した。



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