痛くしないで

※34話後/ドストエフスキーによる太宰治狙撃後の話です



脇腹に痺れる痛みを感じて目を覚ました。
淡く射し込む月明かりが部屋を薄暗くさせている。見慣れた天井、ドア越しに聞こえてくるテレビと食器を洗う水の音。目を閉じる前まで臭っていた消毒液の匂いが、味噌汁の匂いに変わっていた。鎮痛剤が、切れたらしい。

少しだけ力を込めれば、指先は案外簡単に動いた。人は案外丈夫らしい。腹を撃たれたせいか、昼から何も食べていなかったというのに味噌汁の匂いを嗅いでも腹は減らなかった。情報を得るためとは言え、らしくもないことをしたなとぼんやりと思った。痛いのは嫌いだ。
気付かないうちにテレビと水道の音が止んで、寝室の扉から彼女が顔を覗かせた。
「…起きた?」
「……起きた」
ご飯食べる?食べない。いつもと同じような顔をする彼女が少し気に食わなくて、太宰は大きな寝返りを打って背を背けた。
ベッドの軋む音の一つもしない。静かだった。
「…タイミングが良いね」
「鎮痛剤、そろそろ切れるかなって思って」
分かっていたんなら切れる前に打ち直してくれと太宰は心の中で悪態をつく。痛みは当分、和らぎそうにない。背中で、彼女の刺さるような目線を受けて、傷が一層痛んだ。好きでこんな目に遭っているわけでは、ない。

「今何時?」
日付を超えて三十分経った、と素っ気ない返事だけが返ってきた。怒っているのだろうか。彼女に迷惑などかけてはいないはずなのに。
微妙な時間に起きてしまった。自分が狙撃されると分かって場に出向いたと知っている彼女は、その行為を自殺行為と見たのだろうか。それは、万が一にでも有り得ないか。彼女はそれほど察しの悪い女ではないはずだ。
狙撃されることに恐怖は無かった。たかだか狙撃されたくらいで死ぬとも、ハナから思っていなかった。思ってはいなかったが、何せ今回はあの魔人が相手である。この街を守るために、命を落とすことが無いとは言いきれない。その覚悟は、ずっと前から既にあった。

「太宰さん、邪魔」
太宰の背中をぶっきらぼうに誰かの足が蹴った。振動で傷跡が揺れて、漸く慣れてきた痛みが、またじわじわと痛む。
「…寝るの?」
仕方無しに太宰が身体をずらしてベッドにスペースを空けながら、聞いた。もうすぐ一時だよ、と一言。そういえばこの時間、起きている彼女にいつも寝ろと急かすのは、自分の方であった。
何時もは向かい合って寝ているけれど、今日は何故か彼女に背を向けて寝たかった。

死ぬな、生きろ、と面と向かって、言われたくなかった。そんな当たり前のことは言われなくても知っている。色んな人から耳にタコが出来るほど聞いてきた。知っているから、何も言うな。
背中に彼女の腕が少し、当たっている。温かい。生きている人間の温もりが、ここまで人を寂しくさせるとは知らなかった。どれだけ近くにいても、人はどこまでいっても一人である。

「痛っ」
急に背中を叩かれ、太宰は思わず声を出した。
「痛い?」
「痛い」
そう、と後ろで彼女が呟くのが聞こえた。痛い。
「痛いんだ」
「…痛い」
じわじわと痛みが続いた。傷口の血管が、脈打っているのが分かる。まだ、生きている。
「痛いから止めて」
そう言えば、一瞬の間があって以外にも彼女の手は簡単に止まった。だが、残念なことに痛みは和らぎそうに無かった。じんわり、脳を痛みが刺激していく。今夜は安らかに寝れそうにない。
諦めた様に太宰は溜息を吐いて、向き合う様に寝返りを打つ。この気に食わない女の顔を見ながら、この扱いづらい女と一緒にいるという選択をした自分を呪った。

この女と一緒にいて、当分楽に死ねるとは、もう到底思っていない。仕方が無いから死ぬまでは一緒にいてやろう、と思った。冷たい部屋で、触れ合った肌から伝わる変わらない彼女の体温が、やけに熱くて痛かった。




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