“×××××” みんながあまりにも流星群で騒ぐものだから、私も気紛れでリヴァイの腕を取って、裏地にそびえる小高い丘に彼を引っ張った。 道中文句が絶えなかった彼も、丘につくころにはずいぶん大人しくなって、たまにはゆっくり空を見るのもいいものだなんてのたまった。 二人で並んで寝ころび、朝のせせらぎのように輝く星の群れを飽きるほどに見上げた。 星の名前なんてひとつも分からなかったけど、一番輝く一等星を指差してリヴァイみたいだと言うと、彼はまんざらでもなさそうに悪くないと偉そうに口の端を持ち上げた。 幸せな時間が流れた。 少し眠くなってうつらうつらと船を漕いでいると、彼のつめたい指先が私の頬に触れた。 びっくりして振り向くと、彼は息もかかりそうな距離で、まるで私を慈しむかのように小さく囁いた。 その言葉は、ぞっとするほどに美しかった。 * * * 「リヴァイー!ちゃんと兵士長やってるかーい?」 夕暮れに沈む静かな兵士長室の扉を、騒がしく開けてどかどか無遠慮に入ってきたのはハンジそのひとだった。 リヴァイは読みかけの新聞から深い皺をたたえた顔を離すと、嫌そうにため息をひとつついた。 「……何しに来た」 「暇潰しかな?」 「オレは暇じゃないんだ」 「そう言わずにさー。訓練も調査もない日なんてすることないじゃん?少しくらい話そうよ」 「巨人の話は聞かねぇぞ」 「やっぱりそうくるよね」 ハンジはくるりと意味もなく一回転をすると、一人分あけたリヴァイの隣に座った。 いくら長い付き合いでもこの距離が埋まることはない。 ソファは三人掛けだから、広々と収まるこの長さが二人には丁度よかった。 「そう言えばさーこの前聞いたんだけど、アンドレとソファイアって結婚するんだって!配属が近いだけにこっちとしてもなんか嬉しいよね」 「まぁな」 「でもさ、あの二人も面白いよな。付き合うときに一回アンドレが告白したのにソファイアがそれだって気づかなかったらしくてさ。そんなことあるのかってね」 「……」 「まぁ普通言われたら分かるよね。その場の雰囲気とかでさ。言われたことないんだけど」 「……おい」 リヴァイが心底あきれたというように嘆息した。 「クソメガネ。オレもこの前聞いた話していいか」 「え、いいけど」 驚いた。 リヴァイが積極的に話を振ってくるなんて。 なんだか珍しく思えて、ハンジは組んでいた足を落ち着かなげに揃えたりしてしまった。 「ある奴曰く、昔の物書きは愛をそのまま伝えることを良しとしなかったらしい。例えば、月が綺麗ですね、なんて具合が良かったそうだ」 「へぇ」 「まぁそういうことだ」 「えっ」 人の話を遮ってまでしたかったのはこれなのか。 ハンジはそんなもやもやとした思いでいっぱいになった。 「まぁアンドレがもしかしたらソファイアにそんなこと言ってたのかもしれないけど……ってどこ行くの!?」 唐突に立ち上がって扉の向こうに消えたリヴァイを、ハンジはそのまま見送った。 わけが分からなかった。 アンドレを庇いたかったのかもしれないが、それならそうと言えばいいのに。 ハンジはオレンジ色に染め上げられた茶色のソファに寝転ぶと、不満げに口を尖らせた。 「何が月が綺麗ですね、だよ……」 そこで、ふとある感覚がよみがえった。 ひんやりとした地面、土の匂い、転がすような虫の声、空から降る星の雨。 そして、あの言葉。 「まさか……」 リヴァイの出ていった扉を見つめる。 今はもう暗い靄がかかっているその影ごと掴んで部屋から飛び出した。 走りながらハンジは、なんて不器用な男なんだ、と一人苦笑して、表情の乏しいその横顔を想うのだった。 - 2 - [*前] | [次#] |