黒子のバスケ | ナノ
とある恋の話


黄瀬涼太の恋は、おおよその男女が通る甘い恋愛というものから最もかけ離れたところに置き去りにされていた。
彼の周りには常に女性が絶えることがなかった。
だが、彼は誰よりも彼女たちが自分に何を求めているかを正確に理解していた。


「彼氏紹介するね。モデルの黄瀬涼太くん」

半歩前で楽しそうに談笑していた少女が突然黄瀬の名前を呼んだ。
ぼーっとしていた彼にとってそれは不意討ちに等しかったが、なんとか笑顔で対応することができた。

「こんにちはッス」

横並びになった3人の少女たちが顔を赤らめる。
皆一様に、モデルなんだ、凄いね、かっこいいを連呼した。
ああ、もういッスよ、そういうの。
誇らしげな顔で黄瀬のことを自慢する自身の彼女のこともまた、例外ではなかった。


家に帰ると、見計らったかのようにメールの着信音が鳴り響いた。
先程会った、彼女の友達からであった。
どうしてアドレスを知っているのだろうという疑問もあったが、メールの内容でそんなことはどうでもよくなってしまった。
長々とした文章に隠れされた、『二人で会いたい』の一行。
冷めた気持ちでメールを削除した。
どうしてこう女は。
黄瀬は思わず嘆息した。
寝転がってうつ伏せになって、また上を向いた。
別に今の彼女のことは好きではない。
けれど。なんだろう。
不思議と嫌な気しかしなかった。


それからまたメールの着信音が鳴ったのは、それから2時間後だった。
いや、正確に言えば2時間ぶりだ。
彼はいつの間にかベッドの上で眠ってしまっていた。
寝ぼけたまま携帯を手繰り、受信ボックスを確認した。
相手は桃井だった。
簡素な文章の中から「会えないかな」の一文を見つけると、携帯を握り、そのまま家を出た。
あれ。どうして。
自分はなぜ桃井にだけはこんなに寛容になれるのだろう。
不思議とこれに嫌な気はしなかった。


桃井に呼び出されたのは、桐皇学園の北東に位置する小高い丘の上にある小さな公園であった。
息を切らしてかけ上ると、当の桃井はのんびりとブランコに腰かけて気ままにゆらゆら揺れていた。

「あ、きーちゃん!」
「桃っち……こんなとこでなにしてんスか?」
「景色見てるんだよ。ここから見えるのがね、すごく綺麗なの。きーちゃんにも見て欲しいから呼んじゃった」

ごめんね、と両手を合わせる桃井は、どこか楽しそうだった。

「オレけっこう景色好きだからいいッスよ」

なんて、いいながら桃井の隣りのブランコに腰をかけ、小さくなった街を眺めた。
密集した家々に、道を行き交う細々とした人々。
夕焼けのオレンジ色も溶け合って、それは思わず見入ってしまうほどに美しかった。

「ねっ、いい感じでしょ?」
「すごいッスね。オレ感動したッスよ!」
「でしょ!?良かった、気に入ってもらえて」
「それはどーもッス」
「うん!きーちゃん、また一緒に来ようね」
「勿論スよ!」

威勢よく黄瀬が返事をすると、桃井が柔らかく微笑んだ。
ふいに胸が高鳴る。
見慣れたはずの桃井の笑顔がやけに可愛く見え、どうしていいか分からなくなった。

ブランコをぎこぎこ揺らして、綺麗な街並みを眺めながら黄瀬は考えた。
黄瀬の恋というものはだいたいの男女が通る甘い恋愛というものから、最もかけ離れたところにあるはずだ。
そこには愛なんてなくて、自分の身勝手な欲求と相手の求めるこれまた勝手な理想のみだった。
だけど。
隣でまだ景色を堪能している桃井の横顔を盗み見る。
――案外、近くにあるものなのかもしれない。

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