雲行き
どうしてこうも…上手くいかないのだろう?
昨日は奴良組の妖怪に任務の邪魔をされるし、今日はその失敗で負った傷が発見されるし…。
「おい、オメェ……これぁ誰にやられた?」
『…別に。昨日…階段で転んだだけ。』
「そんなんで騙せられるわけねぇだろーが!
こっちは医者だぞ。この傷が何でできたかは大体予想つくわ馬鹿野郎。」
『……平気。だから、言う必要ない。』
グルグルと包帯を巻いたり湿布を貼るのは、奴良組の医者を務める鴆と呼ばれている妖怪。呆れながらも治療をする彼に、凛はどうやってこの場を逃れようかを考える。
だが、寡黙でそれ以上は頑なに語ろうとしない凛に負けたのか、鴆は溜め息を一つ吐いてから追及することをやめた。
となれば、凛にとって問題は一つのみである。
氷麗にあの傷だらけの体を見られてしまった以上、それは嫌でもリクオの耳に入ってしまうに違いない。それをどう躱すかが、問題なのだ。
『(…………これ以上……奴良組と関わるのはやめようかな…)』
昨晩、奴良組の妖怪にも私が犯人だとバレている。
今ここで離れれば…その事実以外は謎のままでおさまるのだ。
例えば、凛が何者で、何のために、いつからこんな事をやっていたのか…そういった真実を闇の中に葬ることができる。そしてそれを知っている凛だからこそ…リクオや清十字団、奴良組から離れることを考えていた。
だが…
そんな彼女の考えなんか見透かしていたのかもしれない。まるで見計らっていたかのように、リクオと氷麗がやって来たのだ。
「鴆君、凛の怪我の治療ありがとう。」
「全くだ! 嘘はつくし原因言わねーし…何なんだこの女はリクオぉ!!」
「頭イかれてる口数少ない馬鹿女です。」
「ちょ、氷麗ぁ!?」
『(………そんなこと思ってたのか……)』
プイッといじけたようにして答える氷麗に、慌ててフォローをしようとするリクオ。そして氷麗の答えに何とも言えないような顔をする凛。
そんな3人の様子に鴆は「大丈夫」と思ったのだろう…治療を終えたから行くぜと言葉を残し、部屋を去っていった。
急に3人にされたことでシンとする部屋だったが、凛が口を開いたことでその静寂は崩される。
『…………ごめん……迷惑、かけた……』
流石に迷惑をかけたと思ったのだろう。謝罪の言葉を言う凛だったが…そこで氷麗は「そう思うなら、転んだだけだなんて嘘つかずに、本当のことを言いなさい」とすかさず命令。
言ってくれないかななんて優しい気遣いをしても、どうせ返ってくる答えはNOだ。それを分かってて敢えて氷麗は命令口調で言ってるし、リクオも口出しをせずに見守っている。
そんな様子の2人に、遂に凛も諦めたのだろう。
肩の力を抜き、少しずつ静かな声で淡々と話し始めた。
『昨日……帰り際、襲われた。』
「襲われた!?」
「誰に!?」
『……分からない。不良の人達だったけど、顔は見てない……学校も分からない。』
「馬鹿ね!どうしてすぐに誰かに助けを求めなかったのよ!?」
『………夜遅くだった。人いない…。』
「〜〜ッ!
何で女の子が一人で夜遅くに出歩くのよ!
危機感がないにも程があるでしょうが、馬鹿っ!」
「ちょっ、氷麗! 落ち着いて!!」
『…………ごめん?』
「私に謝ってどうすんのよ!
本っ当にあなたって人は……!!」
凛が打ち明けた内容に、ワナワナと怒りで震える氷麗。そしてその氷麗を何とか抑えようとするリクオ。そんな2人をボケッと見て、頭を傾げながら取りあえず謝る凛。
そんな状態がしばらくの間続いたが、最終的に脱力して諦めた氷麗により、この話はいったん終わった。
取りあえず、「安静のために今夜はここに泊まること」と拒否権を与えずに氷麗が命令したことで、氷麗は寝室を用意しに部屋を退室した。そして凛も悪いと思ったのか、氷麗を手伝いに行くと続いて部屋を退室。
「若、どうしますか。」
「三羽鴉…」
2人が退室したのを見計らったようにして出てきたのは、黒羽丸、トサカ丸、ササ美の三羽鴉だった。凛の話を聞いていたのだろう、そしてその不良についての情報収集を命じられると確信しているのだろう。指示をあおるようにして、3代目リクオが命令を下すのを待っている。
だがー、
「いや、何もしなくていいよ。」
「!?
何故ですか…昨晩の様子くらい、浮世絵中の鴉を使えばすぐに調べられます。」
リクオの言葉に心底驚く三羽鴉。三羽の代表として、兄の黒羽丸がその理由を問う。トサカ丸もササ美も黒羽丸と同じ気持ちなのだろう…皆驚いた顔をしている。
「この件についてはボクが調べる。多分さっき言ってた話は門井さんの嘘だから…だから調べなくていいよ。」
笑顔でリクオはそう言っているが、その顔からは意志を強く持っているのが窺えた。まるで反論を許さないかのようなソレに、不思議に思いながらも、三羽鴉は頭を下げてその場を去らざるをえない。1人残ったこの部屋はシンと静まりかえっており、だからこそ…
「……父さん、いるんでしょ?」
「…………何でい。バレてたのか。」
「今気付いたんだけどね。それで、いつからいたの?」
何もなかったはずのところから、ふらっと姿を見せたのは鯉伴だった。腕にはゴロゴロと喉を鳴らすあの時の猫がおり、猫を撫でながら「何で嘘だと思ったんだい」とどこか面白そうな顔をして訊ねている。
「……彼女は…弱くない。普通にか弱い女の子じゃなくて、戦い方を知ってるようだった。そんな彼女が、大人しく不良に襲われるわけがないってそう思ったんだ。」
勿論他にも理由はあるけどね。
そう最後に呟いて、リクオも部屋を去った。
残された鯉伴は何を考えているのやら、
「何だか、雲行きが怪しくなってきたねぇ…」
黒雲に月が隠され、雨が今にも降り出しそうな夜空を見上げながら、1人静かに言葉をもらした。
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