あざだらけ

『なんでもない…』


そう言って頑なに譲らないのは、リクオ様と同じクラスの門井凛。
腕にある変色した痛々しいアザは、誰がどう考えてもただ事ではない。転んだと聞いても、10人中9人は嘘だと思うはず。そのくらい酷いアザだった。


「氷麗、門井さんは?」

「…先程、お風呂に入られました。」

「…そっか。」


さっき廊下を歩いていれば、若菜様と門井さんの声が聞こえた。なんとなく影でこそっと見守っていると、門井さんはこれからお風呂に入る様子。
でも何故?
そのホッとしたような顔は何?
前回は若菜様と一緒に入ってたのに…今回は誰とも一緒に入りたくないの?


「…氷麗、何かあった? 難しい顔をしてるけど…」

「リクオ様…」


言うべきかしら…
リクオ様はとても門井さんの事を心配している。心配事が新しくできたのか、特に昨晩からどこか様子がおかしいし…。


「いえ、何でもございません! ちょっと眠気がきてボーッとしてました!」

「そう? あんまり無理しないでよ?」

「はいっ、お気遣いありがとうございます!」


報告するべきかと思ったけど、もしかしたら私のただの思い込みかもしれない。それに、もし報告したらリクオ様はもっと頭を悩ましてしまう。
…そうよ、私は幹部なんだから。
リクオ様にただ報告するのは間違ってるわ。自分で考えて、自分でやれることはしなくっちゃ。

そうと決まれば、向かうところはお風呂!
今頃門井さんもお風呂に入ってるだろうし、女同士だからこそ話せることもあるかもしれない。何か情報を引き出して、それを後でリクオ様に報告すればいいわ。


コンコン

「門井さん、お邪魔するわよ?」


服を脱ぎ、タオル1枚を手に戸を開く。
返事がないなぁなんて思ってたけど…どうやらちょうどシャワーを浴びているようで、聞こえなかったらしい。
シャンプーかトリートメントを洗い流しているのだろう…髪を洗っている門井さんはまだ私が入っていることに気付いていない。


「…暑いわね…」


もくもくと白い湯気が充満するお風呂場にウンザリとする。以前に比べて畏のコントロールができたから、今では少し熱いお風呂に入れるようにはなったけど…やっぱり苦手なものは苦手だわ。
取り敢えず、門井さんの隣でシャワーを浴びようかしら。


「隣、失礼する…わ……ね………」

『っ! 及、川…さん…!?』

「…ちょっと……何なのよその傷っ!!?」


無言で隣に座るのもなんなので、一言声をかけるつもりだった。でも、何気なく門井さんに向けた私の視界に入ったものは、真紫へと変色した身体だった。


「どうしたのよこれっ!!」

『た、ただ転んだだけっ…だから…』

「転ぶだけでこんなアザできるわけないでしょう!? しかも身体中にっ!!」


お腹、背中、胸、肩、太股、二の腕…
大きなアザから小さなアザまで。所々火傷みたいな痕もある。その場所がどこもぱっと見分からないような場所。まるで…周りからはバレないような場所にあるのだ。


「誰にっ……いや、今は先に治療をしましょう!」

『だ、大丈夫! だから…言わな……』

「大丈夫なわけないでしょうがっ! このおバカッ!!」


バレたくなかったのか、見られたくないのか。
理由は分からないけれど必死に隠そうとするこの娘は本当に大馬鹿者だ。明らかに暴力を受けているのに、大丈夫なはずがない。

毛倡妓と大きな声で呼べば、案外近くにいたようで直ぐに駆け付けてくれた。駆け付けた毛倡妓も門井さんの姿に吃驚したけれど、直ぐに別室へと移動し、鴆様を呼んでくれた。
勿論…そんな騒ぎを起こしていれば、リクオ様も気付くわけで…


「どうしたの!? 一体何の騒ぎ!?」

「リクオ様…少しお話がございます。」


門井さんを鴆様と毛倡妓に任せ、私はリクオ様へとあったことをそのまま報告した。(鴆様は医者だからともかく)リクオ様は男性だもの…直接門井さんの怪我を見せるわけにはいかないわ、裸だし。


「門井さんって独り暮らしでしたよね? 一体誰にあんな暴行を受けたのでしょう…。」

「……分からない……」


リクオ様に報告するも、門井さんが何も話してくれないから情報はほぼないに等しい。ただ一つだけ確信していることは…誰かが門井さんを傷つけているということ。でもその理由すら分からない。


「……リクオ様、どうします?」

「……取り敢えず、今夜はここに泊まって貰おう。いや、今夜だけじゃない…しばらく、かな。」

「では、そのように彼女に伝えておきますね。」


門井さんのことだ。きっと断るだろうななんて思いながらも私はリクオ様の部屋を退出し、門井さんのもとへと向かう。


「……何としてでもせめて今夜は泊まらせてやるんだからっ!」


相変わらず手のかかる面倒くさい娘だわ!
そう表では悪態をつくも、内心では門井さんを傷つけた相手への怒りがフツフツと沸き上がっていた。



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