手遅れ

『剣樹地獄』


もし目の前にいるこの妖怪が、


「おいおい…随分とおっかねぇ技だな。」


奴良くん家の妖怪だったらどうしよう。


『自業自得。
私の邪魔しなかったら、死ぬことはなかったのに。…精々あなたの血でこの子達を潤してあげてね。』

「……ちっ」


もし私が奴良くん家の妖怪を殺めたら、きっと私達の関係は崩れてしまうだろう。


「くっ…木も草も、花までもが刃かよ。」

『…死にたくないなら退きなさい。今なら殺さない。見逃す。』


いつの間にか、情が湧いていた。
どうせ少ししたら浮世絵町も去るだろう…
そう思って、今まで通り、人と深い関係を築かないつもりだった。もし仲のいい人ができたら、きっと別れが辛くなってしまう。ならば、誰とも関係を作らなければいい。
そう思っていたのに…


「誰が退くかよ。
ここでオレが退きゃあ…奴良組の名が廃らぁ。」

『………』


いつの間にか、惹かれていた。
冷たくしても、仲良くしようと接してくる奴良くん。
私に警戒心を抱きながらも、何だかんだ言って心配してくれる雪女の及川さん。
ぶっきらぼうだけど、所々気を遣ってみせる青田坊の倉田くん。
私にもまだ、感情が残っていることを教えてくれた、奴良くんのお母さん。
私の冷たい態度にも負けず、普通に話し掛けてくれる清十字団。
…気が付いたら、既に手遅れだったのだ。


『…そう…奴良組、か。』

「…だったら何だってんだ?」


いつの間にか…私は、


『やっぱり、死んで?』


皆がいるこの浮世絵町に、居場所を、作っていた。


『私のために。』


自分の巣を守るためには…
奴良くんにも清十字団にも、私がこんな事をしているのをバレるわけにはいかない。
そして、この秘密を守るためにはー


「それはきけねぇ願いだな。」


今目の前にいるこの男を、殺さなくてはならない。
この男によって、私が犯人だと奴良くんにバラされる前に…なんとしてでもこの男は今ここで始末しなくてはならない。
それなのに…


「それに…テメェも本当はオレを殺す気がねぇんじゃねぇのか?」


この男から感じる既視感、懐かしさ、親近感。
今日初めて会ったはずなのに、何故か、前から知っているような感じがするのだ。
そして、その変な違和感が…


『(殺したいのに…殺せない)』


私を邪魔するー


殺したいけど、殺せない。
そんな矛盾した感情に戸惑いながらも、それでも、私は幾度も攻撃した。けれども、私の感情で動くこの草木は、決定的なダメージを与えようとはしない。
いっそのこと、私の感情ではなく、私の命令に従うものだったら良かったのに。そうしたら、『殺せ』というたったひと言で…始末できただろうに。

そんなどうしようもないことを考えていれば、突如無機質な音が辺りに響き渡った。

プルルルルルル…

プルルルルルル…


「…電話、出なくて良いのかよ。」

『………』


タイムアウト……<任務失敗>、だ。

一時休戦し、通話ボタンを押してそれを耳に当てれば、「戻れ」という命令。


『気が変わった。帰る。』

「は?
ちょっ……おいっ!!」


クルッと踵を返し、帰路へとつく。後ろで男が何やら言っているけれど、草木で足止めをし、無視して家へと向かった。この男によって、私の所業が奴良くんの耳に入るかもしれない。

…明日、奴良くんに何か言われるのだろうか。嫌われてしまうかもしれない…。

そう思ったところで、ようやく、気が付いた。
私は、奴良くんに嫌われたくないのだ。だが、気が付いたところでそれはもう手遅れ。先程の男を始末できなかったのだから。

そんなことを考えていれば、不意に後ろから声がかかった。


「……任務、失敗したようだな。」

『…すみま、…ぁぐっ…』


振り返り、謝ろうとすれば、それは首を絞められた事で遮られる。血流を指で押さえられ、顔に熱が集まるのを感じた。
私の顔は今、青いのだろうか…
それとも赤いのだろうか…
そんな下らないことを朦朧とした頭で考えていると、急に空気が喉を通る。


『ゲホッガハッ…!
…ハァ…ハァ…ごめ、…なさい……』

「言い訳は部屋に入ってから聞こう。」


解放された首を押さえながら、久しぶりに任務失敗したな…なんて暢気に考える。そして同時に、逃げろ、と警報を鳴らす私の脳。
けれど、逃げる術を知らない私はただ…


『(明日学校だし…軽いといいな)』


これから襲ってくるであろう痛みが、そう酷くないものであることを祈るしかできなかった。



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