夜の雨
「…げっ、雨降ってきやがった。」
静かな夜。
オレは情報収集と見廻りのため、浮世絵町を散策していた。人を殺すなら、人気の少ない静かなところだろう。そう思って、人通りの少ないところを敢えて放浪しているのだが…
「…止みそうにねぇな。帰るか。」
止むどころか一層強くなる雨。
さっきまで静まりかえっていた町も、今はもう雨音しかしない。
そういえば今夜は雨が降るって氷麗が言ってたな、なんて思い出しながらリクオは踵を返す。
だがしばらくして…
「…?」
雨音に微かに混ざる、人の声。
ピタリと歩みを止めて、耳を澄ました。
「だっ…誰かあぁ!! 助けてくれえ!!!」
今度こそ聞こえた音は、切羽詰まったように助けを求める男の声。慌てて声が聞こえた方へと全速力で向かうと、あまり遠くなかったようで、必死に走る一人の男を見つけた。
「おいっ、どうし……!!?」
「うわああっっ!!」
何があったのかを問いかけようとすれば、男は足を滑らせて道ばたに転ぶ。
…いや、違う。
滑ったんじゃねぇ。
「…弓矢…!?」
「!!
だ、誰か知らねえけど、助けてくれっ!!」
転んだ男の太腿には木の枝のような弓矢が貫通していた。
だが、それよりも気になることはこの男の周りに散らばる札束だ。転んだ時に散らばったのだろう。いくらあるのか分からない程の一万円札が大量に地に散らばり、雨と男の血がどんどん紙幣に染み込んでゆく。
「金ならいくらでもやる!
だから助けてくれっ!!」
「…落ち着け、何があった。」
「オレだって分かんねぇよ!
でも化け物が…っ!!」
話している途中でハッと息を呑むその男。大きく見開いたその目の先を追うと、パシャリと音を立てて一人の黒尽くめの奴が現れた。
「…てめぇ、誰だ。何でこの男を狙う。」
そいつの右手にあるのは立派な木の枝のような弓。顔は見えないが、弓を持っていることからコイツがこの男を襲っているのは一目瞭然だった。
「おい、何とか言…!」
現れたものの…一言もものを発さない相手に痺れを切らし、何か言ったらどうだと促そうとすれば矢が放たれた。瞬時に祢々切丸でそれを叩き落とすも、気になることが一つ。
「おい…お前今、どこから矢を出した?」
オレの見間違えでなければ、弓矢は掌から出てきた気がする。
どこからか取り出したのではなく、掌から作られたのだ。だが、そんなこと、普通の奴が出来るわけがない。
そしてそんな異様な光景を見れば、普通の人は怖がるのが一般で…
「やっぱり…ば、化け物だっ…!
うわあああああああぁぁぁぁっっっっ」
「あ、おいっ!!」
ヒョコヒョコと怪我した脚を引き摺りながら、男はずぶ濡れのまま必死に逃げていく。そしてそんな男を黒ずくめの奴は逃がすまいと、矢を新たに形成しながら追い掛ける。
「行かせるか!」
男を追わせまいと、相手の前に立ち牽制のつもりで刀を大きく振るう。すると、相手も簡単にはここを通らせてくれないと察したのか…追うのを止めて矢を構えた。
矛先はオレ。
妖気の気配はしないが、矢を形成するなど特異なことをする相手。
何者だ、
そう問いかけようとするが…相手の方が先に口を開いてしまったためにそれは叶わなかった。
だが、衝撃なのは…
『邪魔しないで。』
目の前にいる奴から出された声が、ほぼ毎日聞いている女の声とそっくりだったこと。
「…なっ……、え……?」
『これ以上邪魔するなら、貴方から先に殺す。』
ギリリッと音を立てる弓矢。
しっかりと狙いを定めるために、ゆっくりと上げられた顔。
先程まではフードを被っていて見えなかったが、今てはもうハッキリと顔が見える。
「お前……」
『さようなら。』
ヒュンッと鋭い音を切りながら、向かってくる弓矢。その矢を放ったのは、門井凛だった。
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