手遅れ
『本当にいいのに…』
奴良組の家を去った後、凛はリクオと氷麗、青田坊に付き添われて自宅へと帰っていた。
そして、これで何度目か分からない凛の言葉に、リクオは苦笑いをしながら返す。
「いいからいいから、門井さんこそ気にしすぎだよ!」
『私なら大丈夫なのに。』
「駄目だよ! 女の子が一人で夜遅く出歩くなんて! それに…最近変な事件がよく起きるし。」
『…事件?』
リクオの言葉に凛は首を傾げる。
そんな彼女の様子に「結構ニュースで取り上げられてるのに…知らないの?」とリクオは目を丸くしたものの、律儀にも丁寧に説明し始める。
「何週間…いや、もう1ヶ月経ったかな?
取り敢えず、だいぶ前から変な事件が連発して起きてるんだよ。最初は…確か、どこかの社長が殺されたんだ。だから、犯人は会社の人か取引先の人か、はたまた家族か…って色々と話題になったんだよ。
知らない?」
『……ニュースで見た……ような?』
あやふやな彼女の反応に、リクオは嘘だなと思いつつも…再び説明をし続ける。
「でも、事件はその人だけで終わらなかったんだ。大学生が殺害されて、次は会社員が…色んな所で色んな人が今殺されてる事件が起きてる。」
『……それって普通じゃないの?』
「え!?」
『どこの国も、毎日色んな事件があちこちで起きてる。日本は比較的平和な国だけど…でも毎日事件が起きてるでしょう?』
「あ、あぁ…そういうことか。それはそうなんだけど、でも違うんだよ。今回の連なる事件は共通点があって…皆殺され方が一緒なんだ。」
『ふーん…じゃあ犯人は同一人物なんだ?』
「…多分。でも…どう考えても人間業とは思えないやりかたなんだよなぁ…。」
うーんと唸りながら考えるリクオを横目に、凛は『そんな事件、私とは関係ない』と言わんばかりに普通に歩く。
だが、急にピタリと立ち止まり…
『…どうしてリクオ君が頭を悩ましてるの?』
「へ?」
『こういうのって普通、警察の仕事でしょ?』
凛のその言葉でようやく何を言わんとしてるのか納得したリクオは、苦笑交じりに言う。
「確かにボクの家は妖怪任侠だし、こういうのに首を突っ込むのは変かもしれない…。
でも、ボクは人間も妖怪も好きだから。
何かボクらが解決できるような手助けをできたら…とも思うし、それに、もしこれが妖怪の仕業ならケジメをつけさせないといけない。」
最後に、人間に仇なす奴を放っておく訳にはいかないから、と目を細めながらリクオは言った。
真面目な話をした後は下らない世間話。
いつも通り談笑しながら歩いていれば、ようやく着いた凛の家。
「…なんか…高級そうなマンションだね。」
『………そう?』
「(門井さんって…もしかしてお嬢様!?)」
一人暮らしでマンション住まいなのは知っていたが、まさか高級マンションに住んでるとは予想だにしなかったのだろう。目の前にそびえ立つ綺麗でセキュリティの高いマンションに、リクオは頬が引き攣るのを感じた。だが、このマンションに住む当の本人はそのことに気付くことなく、
『送ってくれてありがとう。』
「どういたしまして!」
リクオ達と簡単に別れを済まし、マンション内へと足を踏み入れる。
エレベーターに乗り、最上階の20階のボタンを押せば、それは静かに上り始める。ガラス張りの窓から景色を見下ろせば、先程別れたリクオ達の姿が見えた。
『………妖怪も人間も好き、か。』
誰にでもなくポツリとそう呟けば、チンという音と共にエレベーターのドアが開く。そして一歩足を踏み出せば、柔らかいカーペットの感触が足に伝わった。ふかふかの床を足の裏に感じながら、自分の部屋へと向かい鍵を開ける。
『……ただいま。』
返事が返って来ないのを分かっていながらも、そう口に出す凛。
『(リクオ君家だったら、きっと「おかえり」って言葉がたくさん返ってくるんだろうな…。)』
凛はボンヤリとそう考え…だが直ぐにその考えを消すかのように首を横に振り、壁に掛かった時計を見る。
時刻は23時を過ぎたところだった。
『……準備……しないと。』
着ている制服を脱ぎ、皺にならないようにそれをハンガーに掛ける。そして今度は別のハンガーを手に取り、掛けてある黒い服に腕を通す。
(凛ちゃんの心はまだ消えてないよ。)
(だから…一緒に取り戻していこう?)
黒いショートパンツに、黒いジャケット、黒いブーツ。闇に溶け込むかのように全身黒い衣服で身を包んだ凛の頭に、先程若菜が言っていた言葉が流れた。
(たくさん笑って、時にはたくさん泣いて…そしたらきっと、いつか思い出すから…。)
凛にとって、それはまるで…暗い闇の奥底に沈んだ彼女に手を差し伸べるような、救いの言葉だった。
だがー
『…若菜さん…
私には、笑う資格も、泣く資格もない…。』
眉を寄せながら、苦し紛れに紡がれたその言葉。
それは誰に聞かれるでもなく静寂に飲まれ…
『もう…何もかも、手遅れなんです…』
部屋の鍵を持ち、ガチャ…とドアを開けて部屋を出る凛。全身黒尽くめの彼女はその後、誰に気づかれることもなく、静かにその姿を闇の中に消したのだった。
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