不平等

「ねぇ凛ちゃん、良かったら今日うちに泊まっていかない?」

『…流石にそれは…迷惑じゃ…』

「迷惑なんかじゃないわ! むしろ、凛ちゃんにとって迷惑じゃないなら、泊まってってくれると嬉しいわ!」


お風呂上がりで湯気を立てさせながら、今夜のことを話す若菜と凛。若菜がニコニコと泊まって欲しいと言うのに対し、凛はどうしようかと考えているようだ。

だがそこで、無機質な音が突如鳴り響く。


prrrrrr... prrrrrr...



『ぁ…電話…』

「あら、私のことは気にしないで、電話に出てあげて!」

『…すみません…』


若菜に申し訳なさそうに謝った後、凛は慌てて電話に出る。そして『了解』というたったひと言で話を終わらせると、申し訳なさそうな顔をして若菜の顔を見上げた。


『……ごめんなさい…用事ができてしまったので、今日はもうお暇させていただきます…』

「そう…用事ができたのなら仕方がないわよねぇ。残念だけど、気を付けて帰るのよ?」

『はい、ありがとう…ございます…』


結局、
1人で夜道を帰るのは危ないという理由でリクオと氷麗、青田坊に付き添われながら、家へと帰る凛。その彼女の後ろ姿を見送る若菜に、鯉伴は茶化すようにして問う。


「お疲れさん。凛ちゃんとの女同士の時間はどうだったんだぃ?」

「……鯉伴さん…」


いつもだったら笑顔で「楽しかった」と答えるだろう若菜が珍しく何も言わない。それどころか、どこか悲しそうな顔をしている若菜に鯉伴も「何かあったのか」と真面目な顔をする。


「…凛ちゃん…泣いてた。」

「……あの娘が?」

「えぇ…。でも本人は、どうして泣いてるのか…自分でも分かっていないようだったわ。」


いつもニコニコしている様子からは想像できないような…哀しい表情を浮かべる若菜。ポツリポツリと紡がれるその言葉を、鯉伴は一字一句聞き洩らさないように耳を傾ける。


「…リクオには、困った時や助けて欲しい時、手を差し出してくれる人が周りに沢山いる。そのおかげで…少し遠回りしたかもしれないけれど、でも道を踏み外すことなく真っ直ぐ生きてこられたのだと思う。」

「あぁ…今ではもう立派な3代目だもんな。」

「でも…凛ちゃんは? 
リクオと同じ年なのに…
ただ生まれ持った家庭が違うだけなのに…こんなにも違う。」

「………」

「凛ちゃんが今感情を失ってるのは、きっと耐え難いほどの辛いことがあったからじゃないかしら。何があったのかは分からないけれど…その辛さに耐えきれなくて、心を捨てようとしたんじゃないかしら。」

「辛いこと…か…。」


若菜の言葉に、鯉伴の表情も曇る。
脳内を占めるのは…今は亡き山吹乙女のこと。


「(オレにとって一番辛かったことって言やぁ…やっぱ乙女が家を出たことだな。しばらくは何も手が着かなかったし…あん時は結構腐ってた…。
それでも何とか立ち直れたのは、周りが自分を支えてくれてたから…あと、若菜に出会えたからだ…。)」


自分のことを省みると、
どれだけ自分が周りに助けられ、
どれだけ自分が恵まれていたかを思い知らされる。


「……あの娘には、手をさしのべてくれる人が周りにいなかったのかもしれねぇな。」


もしリクオのように周りの者に恵まれていれば、きっと心を捨てるなんてことしなくて済んだだろうー
そんなもしも話をしても仕方がない。
それを分かっていながらも、鯉伴はそう思わずにはいられなかった。

神様というのは時々残酷だ。いや、運命が残酷なのかもしれない。どちらにせよ、産まれた時点でそいつの人生は幸せな道を辿るのか、それとも辛い山道を歩くことになるのかが決まっているのだから。
もちろん、人生色々あるわけだから、途中で道を帰ることもできるのだが…それにしてもスタート地点が皆一緒じゃないというのは不平等な気がしてならない。どうしようもないことだけれども。

重苦しい空気が漂う中、しばらくして、若菜がその空気を払拭するかのように声をあげる。


「鯉伴さん!」

「うぉっ…ど、どおした?」


突如大きな声を出した若菜に驚いた鯉伴だが…
先程とは打って変わり、いつものようにニコニコしている若菜に鯉伴は尚更驚きの声をあげる。

そんな鯉伴に対して、若菜はー



「ねぇ鯉伴さん!
今度から凛ちゃんをうちに呼んでもいい?
きっと、今からでも遅くないわ!」



リクオとよく似た笑顔で、頼もしくも笑った。



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