赤の他人

『母さんとの思い出はない…』

『…父…さん…は、社長みたいな感じ?』

『…会社? …知らない。』

『浮世絵に来る前…? …ロシア、中国、イタリア…それから…
え? …うん、父さんの仕事。』

『ご飯は…自分で作る。もしくは買う。
……父さん? いないよ?
私…一人暮らし。』

『浮世絵公園の近く。マンションに住んでる。』






**********





ボク達のお昼休みに、1人、新しいメンバーが加わった。

門井凛ちゃんだ。

物静かで、基本自分から何かを話すことなんてしない。こっちが何かを問いかけたとしても、「うん」「違う」「そう…」の三つだけで会話を終了させようとする人だ。だから、会話を弾ませて情報をもっと得るためにも…WHY.WHERE.WHENなどの質問しないといけないことが分かった。
おかげで彼女の基本的な情報は大体得たところだ。

でもまだまだ、
ボク達は彼女の事を全然知らないのである。






『………汚い。』

落書きされた机と椅子。
紙などのゴミから生ゴミまで…色んなゴミが詰め込まれた机の引き出し。
そして、机の上に添えてある菊の花と線香。








登校して、いつも通りに自分の教室へと向かえば…何やら教室が騒がしい。
何かあったのかななんて思いながらドアを開けば、視界に入ったのは机や椅子を綺麗に磨いている門井さんの姿。

「……!!」

それを遠巻きに、ヒソヒソと話しながら彼女を見るクラスの皆。何が起こっているのだとよくよく彼女を見れば、磨かれている机や椅子には〈死ね〉〈殺す〉〈消えろ〉などと物騒な文字が書かれてあった。


「…なっ、どうしたのコレ!?」

『……おはよう?』

「お、おはよう!
じゃなくて…何があったの!?」


慌てて駆け寄って彼女に問えば、『何をそんなに急いでるの?』とでも言わんばかりに、首を傾げて朝の挨拶をする。
でもボクの言葉で質問の意図が分かったのだろう…小さく『あぁ…』と呟いたかと思えば、いつも通りゆっくりとした口調で説明し始める。


『学校着いたら、私の机と椅子が汚れてた。だから今綺麗にしてる。』

「そ、それは分かるよ! ボクが聞いてんのはそういうんじゃなくてっ…だってコレ…」


誰がやったのかは分からないけれど、コレはイジメじゃないのか?
悪戯にしては度が過ぎているし…そもそも、あんな悪意ある言葉が書かれている時点で悪戯とは考えにくい。


『…何を焦ってるの?』

「えっ…」

『〈死ね〉って書かれてるから? それとも〈殺す〉っていう脅し? もしくは〈消えろ〉っていう命令?

…気にするだけ無駄だよ?
だって〈死ね〉って言われなくても、どうせ皆いずれは死ぬじゃない。
〈殺す〉って言ってもどうせ殺す気なんか本当はない…否、殺す勇気なんかない。もし今ナイフか何かを渡して、さぁどうぞ私を殺してくださいって言っても…殺せないのが現実。
〈消えろ〉って言われても…魔法使いじゃないんだからそんなの無理に決まってる。
これを書いた人はただ自分の気持ちを吐き出してるだけ…。実際に私が死ぬことも、私が殺されることも、私が消えることも…現実には起こらない。
だから大丈夫。』


彼女の言葉に、誰もが耳を傾ける。
普段そんなに話さない彼女が長々と語っているだけでも珍しいのに、その内容が尚更異様なため、皆の顔は何とも言えない表情になっている。


「か、…悲しくないの?」

『……悲しい?』


質問したのは同じクラスのカナちゃんで、カナちゃんも戸惑いの色を見せている。


『…もし父さ、ん…に…書かれたなら悲しい。
でも、これは違う。
誰が書いたのかも分からないし、仮にこのクラスの誰かが書いたとしても、どうして悲しむ必要があるの?
私達はただクラスが一緒になっただけで、赤の他人でしょう?』


他人に何と思われようが、痛くも痒くもない。

そう言ったかと思えば、再び机と椅子を拭き始める門井さん。

確かに彼女はクラスの皆と仲良くはしていないけれど…でも『赤の他人』と断言した彼女に、どこか心配そうに見ていたクラスメイトもお手上げ状態。
一気に「放っておこう」という流れになり…
重苦しかった空気が霧散したかと思いきや、いつも通りのガヤガヤとした日常が帰ってくる。


「…………」


和気あいあいとした雰囲気の中、たんたんと落書きを消す彼女。そこだけ空間が何かで遮られてるような…何ともシュールなその光景に、ボクの頭は気が付けば思考停止していた。

落書きを消すのを手伝うわけでもなく、
優しい言葉をかけるわけでもなく、
ただただ…
ゴシゴシと磨き続ける彼女のその後ろ姿を見ることしかできなかった。



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