虚勢
「眠りとはどういうことだ?
ザンザスは揺りかごの後、ファミリーを抜けボンゴレの厳重な監視下に置かれたはずだぞ。」
「ゆりかご……?」
「8年前に起きたボンゴレ史上最大のクーデターのことだ。」
リボーンの説明によると、8年前、「ゆりかご」というクーデターが起きたらしい。
そしてその反乱軍の首謀者が9代目の息子だという。
今ではそれは機密扱いにされ、知るのは上層部とその時に戦った者だけのようだ…。
「XANXUSは…8年間止まったままだったのだ…。あの時のまま眠り続けていたのだよ…
恐ろしいほどの怒りと執念を増幅させて…。」
一体何があったのかと問う沢田とリボーンだが…
それは9代目が吐血したことで聞くことが叶わなかった。
『(…治療、すべきか?
でもこの空気の中やるのも…それに、皆いるし…。)』
9代目は、息を切らしながらも尚話し続ける。
本当なら…先に治療をするべきなのだろうことは分かってる。それなのに、私の足は地に縫いつけられたように動かない。
「君はマフィアのボスとしては…あまりにも不釣り合いな心を持った子だ…
君が今まで一度だって喜んで戦っていないことも知っているよ…いつも眉間に皺を寄せ…祈るように拳を振るう……
だからこそ私は君を……
ボンゴレ10代目に選んだ……」
9代目は、ザンザスを選んだんじゃないのか…。
どんな手を使ったのかは知らないけれど、もしかしたらザンザスを10代目に選んだという9代目は…偽物だったのかもしれない。
とにかく、何らかの細工をしてそういう既成事実を作ったのは間違いないだろう。
「すまない…
だが…君で良かった……。」
「そんなっ…待ってください!!
9代目! 9代目ーっ!!」
限界がきたのか…9代目は遂に話すことをやめて、目を閉じた。沢田は9代目の手を握って涙をこぼし、リボーンは下を俯いていて…その口はキツく閉ざされていた。
だが…
私には、スローモーションのようにして見えた。その固く閉ざされた口が、ゆっくりと、開くのを。
「菜也」
『…っ』
たったひと言。しかも私の名を呼んだだけ。
それなのに、リボーンが何を言っているのか…分かってしまう自分が嫌だ。
そして何となく分かってしまうんだ。
この後、どういう展開になるか。
それは私が…恐れ描いていたものだから。
「そう…だ…、そうだよ!
奴良さん!!
9代目を…9代目を助けてくれっ!!」
『…………』
まるで、希望を見つけたというような…そんな目で見られて断れる人なんているのだろうか。
目の前で人が死にかけていて…それを助けてくれと言われて。助ける力を持ってるのに、助けない人なんかいるのだろうか。
私には無理だ。
後で必ず、自己嫌悪に陥ってしまうのを分かってるから。
「…な、何だ!?」
「姿が変わったぞ!?」
「あれ……奴良なのか?」
驚いてる周囲の声が聞こえないフリして、倒れている9代目の元へと1歩1歩足を進める。9代目を挟む形で沢田とリボーンの向かい側にしゃがみ込み、取り敢えず、血のにじみ出ている胸部に手を添えた。
「よかったのか」
聞こえるか聞こえないかくらいの声音で呟いたのはリボーンで…私はそれに返答をしなかった。
傷が治って、血も止まるはず。
でも、なくなった血が戻るわけでも体力が回復するわけでもないから…
「9代目は!?助かるのか!?」
『…9代目次第、かな。』
「そんな…っ」
確実に助かることは保証できないんだよね。
ホッとしたのも束の間、沢田はまた不安気に瞳を揺らす。
でもこんなの、あの人には関係ないんだろうね。
「よくも9代目を!!
9代目への卑劣な仕打ちは実子であるXANXUSへの、そして崇高なるボンゴレの精神に対する挑戦と受け取った!!」
「なっ!?」
「しらばっくれんな!
9代目の胸の焼き傷が動かぬ証拠だ。ボス殺しの前にはリング争奪戦など無意味!オレはボスである我が父のため、そしてボンゴレの未来のために、貴様を殺し仇を討つ!!」
9代目の胸の焼き傷は私が消しちゃったけど…。
でもそんなことは大した問題じゃない。
ザンザスは「9代目の弔い合戦」という名目で沢田を倒し、10代目の座を奪うつもりなのだ。
そうすれば、ゆりかごの件があって反対していた者も意見を覆す。
『よくできてるわ…』
最初からリング争奪戦なんて茶番だったんだ。
モスカを暴走させて、それを沢田に退治させることが目的で…
親である9代目への恨みが原因なのか。それとも、そこまでして10代目の座が欲しいのか。
いずれにせよ、ザンザスにここまでさせる要因はなんなのだろう。
結局、
9代目の弔い合戦は「大空のリング戦」として位置づけられた。明晩、沢田とザンザスが戦うことになったのだが…詳しいルールは明日になるまでは分からない。
「フッ…明日が喜劇の最終章だ。
せいぜいあがけ。」
そう最後に言い残してヴァリアーとチェルベッロは去り…直後、連絡を受けたらしいディーノさんが部下共々駆けつけて来た。
「9代目は…!?」
『…傷は治しましたが、身体に受けたダメージや出血量はなかったことにできませんので…』
「!
本当だ…傷が治ってる…、君は…?」
『それじゃ、後は任せます。』
戸惑うディーノさんにそのまま9代目を押し付けて、立ち上がる。脚についた砂などを払い落とし、家に帰ろうと踵を返せば…
ほらね、嫌な場面。
「えっと…奴良、なんだよな?」
「てめぇ…何モンだ!!」
『デジモン』
「なっ…ふざけてんじゃねぇぞテメェ!」
「落ち着けタコヘッド!」
チンプンカンプンというような笹川兄。
戸惑っているけど、気を使っていつも通りに接しようとしてる山本。
そして、何者だと疑って歯をむき出しにする獄寺。
「奴良さん!
その、さっきはありがとう!」
「…助かったぞ。精密検査して安静にしていれば大丈夫だろうって医療班も言っていた。」
『…そう。』
沢田はホッとしたように、
リボーンは…
『…探るような目で見ないでくれる?』
「………」
「なっ…テメェ、リボーンさんに何て口きいてやがる!」
「ご、獄寺君…!」
読心術だか何だか知らないけど、リボーンは直ぐに人の心を読もうとする。何を考えてるのかとか、そういうのを勝手に探られるんだ。
それがとても、不愉快。
でも、リボーンは私より何枚も上手なのだ。
「それはつまり、
隠すこともできないくらいに弱ってるってことか?」
無表情でこちらを見ていたリボーンがそう言ってきて、私はつい隠すことができなかった。
無意識で、図星で、
だから驚いて…きっとそれが出てたんだと思う。
ビンゴ
そう言わんばかりに、リボーンの口角がニッと上がった。
『…帰る!』
「えっちょ、奴良さん!?」
「待て!まだ話は終わってねーだろが!」
後ろで呼び止める声が聞こえるけど、
それを全て無視して、全力で走った。
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