「弱者は消す」


「剣士としてのオレの誇りを汚すな」

「でも…よ、」

「う"お"ぉいっ うぜぇぞ!!
ガキ…剣のスジは悪くねぇ。あとはその甘さを捨てることだぁ」




結果を言うと、雨の守護者の勝負は山本の勝利で終わった。スクアーロの最期のあの言葉は、山本を剣士として認めた証拠。それなのにちっとも嬉しくないのは…スクアーロ本人が今ここで消えたからだろう。
勝った本人である山本はスクアーロを助けることができずに暗い表情。山本だけじゃない…観覧席にいる沢田達も顔がこわばっている。
それもそのはず。
いくら敵とは言えど、目の前で人が鮫に喰われたのだから。「死」に慣れていない彼等からしたら顔も青くなるものだ。

じゃあヴァリアーの方はどうかって?


「ぶはーっははは!
最期がエサとはあのドカスが!!」

『………』


自由奔放な彼らだけど、奴良組ではこんなことあり得ない。仲間が目の前で死んでるというのに、何故彼らは笑っていられるのだろうか。
その笑いは何?
本当に心から笑っているの?それとも笑うことで本心を誤魔化してるの?
少しヴァリアーに親近感みたいなものを感じていたけれど、今は何だかよく分からない。また彼らが遠くの人のように感じる。


『(と言っても…私が一方的に親近感抱いていただけだけどさ。)』


勝手な幻想をいつの間にか抱いていたらしい…
私が何をどう思ったって、彼らは痛くも痒くもないだろう。それでも私は残念な気持ちを隠せないし、少し失望してしまった。
…でも、ちょうど良かったかもしれない。


『……私行くから。じゃね。』


山本が勝利したんだし、並盛の方に帰ることができる。彼らとは今一緒にいたくなかったから、ちょうど良い。そう思ったのに…


「は…お前馬鹿じゃね?ししっ」

「今宵の勝負は山本武が勝ちましたが、リングの数は未だヴァリアーが優勢です。あなたはヴァリアーにいてください。」


…そうだった。沢田がランボを助けたから、沢田の分のリングも没収されてるんだった。それ即ち、私は今宵もまたヴァリアーの連中と過ごさなければならないということ。


「明晩の対戦は…霧の守護者同士の対決です。」


霧の守護者ということは、マーモンか。
でも沢田達の方は誰が霧の守護者なのか知らないな。一体誰なんだろう…。
沢田側の霧の守護者が負ければ、きっとその者は死を免れない。ヴァリアーの連中はきっと容赦なく息の根を止めてくるだろう。かと言って仮にマーモンが負けた時も、弱者は消すというルールに基づいて、マーモンは殺されてしまうのだろう。

どっちもどっちだな…

そんな私の重い気分なんか露知らず…
ドガンっと荒々しくドアを開けて、2人の客人がやってきた。


『…私もう寝たいんだけど。』

「ししっ お前まさか落ち込んでんの?
アイツが死んで。」

『…別に。
スクアーロが死んで落ち込んでると言うよりも、仲間が1人目の前で死んだのに…それを面白可笑しく見ていたあなた達にガッカリしただけ。』

「はぁ? …お前もやっぱ甘ちゃんだよな。ヴァリアーは最強暗殺部隊なんだぜ。」

「弱者は消す…それは弱者が誰であっても揺らがないルールだよ。」


客人というのは、言わずもがなベルフェゴールとマーモンだ。私の顔を見るなりニヤニヤと笑うベルはもう片脚も骨折してしまえば良いのに。ちなみにマーモンは相変わらずだからノーコメント。
今はこの人達の顔をあまり見たくないんだけどなぁ…


脳裏に甦るのは…
スクアーロの負けが決まった時のこと。







********


「ぶったまげ」

「まさかこんな事がね……」

「ボス」


山本に敗れてスクアーロが地に倒れた時、ベルとマーモンはただ驚いていた。レヴィはニンマリとどこか嬉しそうに笑い、そして、ザンザスに促した。
呼ばれたザンザスは小さな声で「…スクアーロ…」と呟いていて、やはり付き合いが長いから辛いのだろうと、そう勝手に解釈していた。
ところがー


「ざまぁねえ!!
負けやがった!!! カスが!!!」

「ボスが直接手を下さなくとも」

「僕がやってこよーか?」

「お待ちください。今アクアリオンに入るのは危険です。規定水準に達したため、獰猛な海洋生物が放たれました。」


あろうことかザンザスは爆笑し、用済みだと右手を出す。それに対してレヴィとマーモンは自らが手を下すと立候補した。生憎それは、チェルベッロの助言により叶わなかったわけだが…。




********



『悪口は叩き合うし、お互い遠慮しない奴等だとは分かってたけど…それでも絆みたいなものはあると思ってた。』

「んなわけねーじゃん。オレ達暗殺部隊だし。仲良しこよししてるお前らとは違ぇんだって。」

「そんなもの、何も金の足しになんないしね。」

『………………』


悪気はないのは分かるし、それを本心で言ってるのは分かる。でも、その一つ一つの言葉は刃となって、私の心臓に突き刺さってきた。
何も言わない私を見越してか…ベルは、用はもうないと踵を返す。もちろん、ナイフを最後に投げてくるのを忘れずに。


「…ふぁ〜あ、面倒くせっ。
オレもう寝るから、バイビー。」

『痛っ…ナイフいらないし……
…それで、マーモンは? まだ寝ないの?』


さっさと出て行けよ。
そう想いを込めて聞けば、「寝る」と言ってトコトコとドアの方へ歩き出すマーモン。けれど、ピタッと足を止めたかと思いきや、そのままの状態で話し始めた。


「弱者は消す…それはヴァリアーの鉄則だよ。」

『何回も聞いたから、それ。』

「消される弱者以上に強い者がいない場合は?」

『は?』

「僕たちは常に最強部隊でなければならない。弱者を消したところで、その弱者より強い者…もしくは同等の者がいなければ、それは最強部隊にはならない。かと言って、特別扱いしたら部下に示しがつかない。」

『それは…そうだね。』

「…君は頭の回転が悪いね。」

『はぁっ!??』


フゥと溜め息を吐かれても困るんですけど!
つぅかアンタ赤ん坊じゃん!
赤ん坊に頭の回転が悪いだなんて言われたく…!


『(……赤ん坊に貶される程、私は頭悪いのか…?)』

「下っ端のような弱者だったら、1人2人消えても問題ないから本当に消すよ。でも今回は幹部だ。晴の守護者に相応でルッスーリアよりも強い奴なんてまだいない。でも部下に示しがつかないから、制裁は与える。」

『(…どうしよう、イマイチ分からない…)』

「…スクアーロもそうなる筈だったんだけどね。」

『え…? あ、…えっ?』

「計算外だったよ。入れないことも、思念を遮断する壁でフィールドが作られていたことも、ね。」

『???』


困惑する私を余所に、マーモンは「僕の長い一人言だけど…と言っても君は頭が悪いようだから何も理解していないかもね。おやすみ。」と失礼なことを言い残して今度こそ去っていった。
何なの皆。
皆と言っても、ベルとマーモンだけどさ。人を貶すことを言わないと気が済まないわけ?

ムカムカとする感情を抑え込むように、必死に考える。マーモンが言っていたことを…そして、ルッスーリアやスクアーロが負けたときのことを思い出す。


『あ。
…ん?あれ?
つまり…そういうこと!?? あれ!??』


胸の内にあったモヤモヤとしたものが、するすると解けていく。綺麗さっぱりになったわけではないけど、ヴァリアーに対する嫌悪感が薄らいだのは確かだ。


『なーんだ…そっかそっか、うん…
よし、少しスッキリしたところで寝よう!』


スクアーロを救うことができなかったのは事実として変わりないが、それでも先程までとは違い、ぐっすりと寝られそうな気がした。

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