賭け
『てわけで沢田、目を瞑ってて。』
「おっと、お待ちください。刺すならこのナイフでお願いしますよ。」
シャラッと鞘から刀を抜いて沢田へ向ければ、バーズによってそう指摘された。
…なるほどね、そういう可能性もある。
『何故?
別に刺すならこの刀でも問題ないでしょう。』
「いえいえ、その刀に何らかの細工がされてるかもしれませんしねぇ…念のためですよ。」
『それなら何も問題ないわ。
ほら…この通り、よく切れる刀でしょう?』
「な、何やってんだよ奴良!?」
沢田やビアンキさんが慌てて私を止めようとするが、それを無視してバーズに見せ付けるよう、人斬り<紅葉刀>で自分の手首を薄らと切る。流石にまだ使われてないだけある…あまり力を入れてないのに血がポタポタと流れ始めた。
『逆に聞くけど…そのナイフじゃなければ駄目な理由は何。もしかして、それに毒が塗られてるんじゃないの?』
「…いやいや、警戒心が高いですね〜。そんなことありませんよ。これは至って普通のナイフです。」
『あっそう。じゃあそれを証明してくれる?』
「…はい?」
『こっちだって刺したんだ、タネも何もないよく切れる刀だって。だからアンタも毒がないって言うならそれを証明してみてよ。
それが嫌なら…この刀で切ることを許して欲しい。刺したくないのに、私達のボスをこの手で刺すんだ。ならば、せめてもの慈悲でそれぐらい許してくれてもいいんじゃないの?』
「むぅ…(くそっ…まさかナイフに即死レベルの毒が塗ってあるのがバレるとは…)」
シンと静まりかえる中、バーズの答えを待つ。
ハッキリ言ってこの交渉は穴だらけだ。向こうには何らメリットがないし、結局は京子ちゃん達を人質に取られている以上…私達には逆らう術がない。実際、仮に本当に毒が塗ってあるとしても、それが私達にバレたとして向こうは何ら困ることはないのだ。
その事実を、敢えて選択肢を与えることで見えないようにする。「毒を塗ってるのがバレたらいけない」と相手が錯覚するように、こっちは『毒を仕込んでるんじゃないの?』と圧力をかける…。この圧力にバーズが負ければ、私は妖刀<桜刀>で沢田を刺すふりをすればいい。けれどもしバーズがこの穴に気付き、「この毒付きナイフでないと駄目だ、逆らうなら硫酸をかける」と言ったら、こっちは言う通りにする他ない。
『(これは…賭けと時間稼ぎだ!)』
「…そうですねぇ…(バレるくらいなら、あの刀で斬らせるか? ナイフよりも刀の方が長いし、深傷を負わせることはできるやも…)」
この賭けに勝とうと負けようと、京子ちゃん達が人質に取られている以上はこちらに勝ち目はない。
今必要なのは時間だ。
京子ちゃん達を人質でなくする時間。
「…む?(待てよ…毒が塗ってあるのがバレても、私があの娘達の命を握っている以上、向こうは手を出せないはず!ならば…)
駄目です。これは私がルールですので従って貰います。それが嫌なら…ウジュ…やはり硫酸をかけるしかないでしょうね〜。ウジュジュ」
さっき沢田が殴られてる隙に、ボーを家へとこっそり帰した。
陽炎かお母さん、誰でもいいから京子ちゃん達の安全確保をお願いしてくるように告げに行ってもらったのだ。
…でもこの賭けが失敗した以上、後は沢田が避けられるように攻撃して時間を少しでも稼ぐしかない。
『……分かった…このナイフでいい。』
地面に投げ捨てられたナイフを拾い上げ、沢田の方を振り向く。ビクッと肩を揺らしてこちらを見る目は完璧に怯えていて、『私って信用ないんだな』なんて当たり前なことを思ってしまった。
「ぬ、奴良さん…?」
『…………』
ジリジリと後ずさる沢田を追うように、私もゆっくりと沢田に向けて足を進める。そんな緊迫した空気の中、モニターから変な音と共に聞き覚えある声が聞こえてきた。
「ギギィィッ!」
「おめーみたいのがロリコンの印象悪くすんだよ。
ハーイ京子ちゃん、助けに来ちゃったよ。おじさんカワイコちゃんのためなら次の日の筋肉痛もいとわないぜ。」
「Dr.シャマル!」
モニターに現れたのはシャマル先生だ。これで京子ちゃんと花ちゃんの安全は保証されたも同然だろう。しかも、
「ハッ!」
「ギギャッ!!」
「ハルさん!怪我ありませんか?
許せないな、女性を狙うなんて。」
「やれやれ…ここはオレ達に任せてください。」
「は、はひーっ…何の騒ぎですか?」
ランボの10年バズーカなるもので、10年後の姿をした大人ランボと大人イーピンがハルちゃんのもとに現れた。こんな時になんだけど…ランボもイーピンも本当に人間なのか疑わしい外見だしちゃんと大人になれるのか不安だったけど、普通に人間の姿をしている!よかったよかった!
そんなこんなで形勢逆転。
京子ちゃん達が去ったのを見計らって、シャマル先生は手も触れずに双子の1人を倒した。一方のハルちゃんも大人ランボに安全なところへ連れられ、大人イーピンがあっという間にもう1人を倒してしまった。
どうやら3人ともそれぞれ京子ちゃんとハルちゃんを見張っていたらしい、リボーンの命令で。
ちなみにその命令した張本人はいつの間にやら起きており、わざとらしくコホンと咳をしてドヤ顔をしている。
「よかったな。困ったときに助けてくれるファミリーがいてくれて。」
「リボーン!
うん……よかった、けどファミリーじゃないだろ!」
こうなれば、こっちは何も恐れることはない。
くわばらくわばらと逃げようとするバーズを獄寺はたったの一蹴りで気絶させた。どうやら命令する張本人は大した戦力はなかったようだ。
『…何はともあれ、死ななくて良かったね沢田!』
「ひーっ、そういえばオレもう直ぐ奴良さんに殺されるところだったんじゃー!?」
「てめー10代目をよくも刺そうとしやがったな!?」
「まーまー無事終わったんだし、落ち着けよ獄寺。」
にこっと笑う私に対してビクビクする沢田。そして思い出すようにして怒り出す獄寺を笑いながら宥める山本。
取りあえずは一件落着だ。
(『こんな事ならボーを家に帰す必要なかったな…』)
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