忍び寄る危険
「…というわけで、さっき立てた公式をここのXに代入すればYの値が出る。この調子で次の問題を…」
カッカッと音を立てながら、緑の黒板が白い文字で埋め尽くされてゆく。
今は数学の時間だ。
『………ねぇ、京子ちゃんと花ちゃんは? 欠席?』
「あ…ぇと、2人とも病院に行ったよ。」
『病院!?』
「奴良、田中、授業中は私語禁止だ。」
コソコソと小声で話していれば、先生に注意を受ける。おかしいな…いつもだったらこのくらいの小声じゃバレないのに。
『(いや、おかしくないか。今日はクラスの半分以上の生徒が欠席だもの。いつもとは違って小声でも充分聞こえるくらい静かだし。)』
トントン
『?』
「【京子ちゃんのお兄さん、襲われたんだって。2人はそのお見舞い。】」
『【そっか…ありがとう!】』
対談が駄目なら筆談だ。隣席の田中さんの数学ノートにでかでかと書かれたその内容に、私は今朝方した話を思い出した。
きっと黒曜中の人に襲われたのだろう。そしてそのお見舞いに京子ちゃんは行ったのだ。…花ちゃんはきっと付き添いで。
『(私も連れてってくれればよかったのに…
って、そうか。私今日授業ギリギリで登校したもんね。仕方ないか。)』
ふぅと溜め息をつきながら、人少ないこの教室を見渡す。京子ちゃんと花ちゃんはいない。山本は爆睡中。獄寺は…堂々と携帯いじくってる。
…あれ? 沢田がいない?
ガタッ
「チッ…携帯の充電きれたんで帰ります。」
「こ、こら!
お前今さっき来たばっかりじゃないか、獄寺!」
『(ハァ…私も帰りたいってか今日は学校に来なくてよかったかも。)』
こういう時、堂々と出入りできる不良こと獄寺が羨ましい。私にはそんな勇気がないし、例え明鏡止水でコッソリ出られたとしても…その後バレて叱られることを考えたら行動に移せない。
…仕方ない、大人しく授業受けるかな!
そう思ったのが、5分前のこと。
今はー
「やったな! 休校になって。」
『…並盛生徒の犠牲の上での休校だけどね。』
「にしても物騒な世の中だよなぁ〜ハハハ!」
『こんな物騒な事件が起きてるのに笑ってる山本の感性もある意味物騒だと思うけどなぁ。』
立て続けに起きてるこの襲撃事件に、流石の学校側も危機感を抱いたのだろう。数学の授業中に休校のアナウンスが流れたのだ。寄り道せずに真っ直ぐ、速やかに家に帰ること。
それなのに山本は、せっかくだし昼でも食べに行かねぇか、なんて学校側の計らいを無視したお誘いをしてきた。勿論私はそれを断るつもり…だったのだが、
『本当にタダなの? 後で金払えなんて言わない!?』
「言わねーって! どうせまだ昼だから親父も忙しくはねーだろうし、オレの友達っつったら喜んで寿司をご馳走してくれるだろうぜ。」
お寿司を奢ってくれるという美味しい誘いを断るわけにはいくまい。『お昼はお寿司がいいな』と言えば、お昼を食べずに帰ろうという選択肢に変わるんじゃって思ったのだが…いかんせん、山本のお家はお寿司屋さんだった。忘れてたけど、でもまぁ…ある意味ステキな結果になったような気もする。
『なーに頼もっかなー、最初の一貫は何にしようかなー♪』
「…なぁ、奴良。」
『んー?』
この時の私はだいぶ(お寿司で)浮かれていたようで、早めに帰ることになったことを陽炎に携帯で連絡し忘れていたうえ…周りの状況にも疎かになっていた。
あまりに能天気モードだったのだろう。
通りすがりの人達が、商店街で並盛中と黒曜中が喧嘩していた、と話していたのにも気付かなかった。だからー
「…今のって、獄寺のことじゃねーか?
あそこに何か黒っぽい煙見えるし。」
『そだねー(イクラにマグロ、サーモンは絶対に食べたいなぁ!)』
「なぁ、ちょっと寄ってみようぜ?」
『はいはーい!(ウニも食べたいけど…ウニはハズレたら超不味いしなぁ〜)』
山本がこの時隣にいてくれて、本当によかったと後になって思った。もしここに来なかったらと思うと、ゾッとする。
だってまさか、あの獄寺が…
「10代目…!
逃げて…ください………っ!!」
「ご、獄寺君…?」
「………獄寺!ツナっ!!」
『…………え…?』
大量の血を流して倒れるなんて、思いもしなかったから。
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