この手に掴んだ幸せを(短編) | ナノ

▽ 罪と罰(牛鬼side)

晴明戦もなんとか終わってしばらくのこと…
いつもなら酒だ宴だと騒ぐところだが、三代目リクオが怪我でいない為延期になっている。


「…リクオがいないだけでこんなにも静かなのか」


晴明を倒したというのに全体的に皆の元気がない。どこかジメジメとした雰囲気が奴良組を包んでいる。そんな空気を感じながら、取り敢えず総大将に挨拶をしようと向かっているところ…


「(鯉菜様…)」


縁側に座る鯉菜の姿を見つけた。
ワイワイと騒ぐ小妖怪に、おやつの時間なのだろう…金平糖を地面にばら蒔いている鯉菜。散らばる金平糖に大喜びで群がる小妖怪とは真反対に、鯉菜の目は虚ろになっている。


「(無理もない…
辛いことが立て続けに起こったのだ…)」


あの決戦の日、
本家にて戦っていた私は鯉菜に起こったことを知っている。
だからこそ…
人を失う苦しみを知った鯉菜に、
理由はあれど…あの男を殺してしまった鯉菜に、聞きたくなった。


「お前は…〈罪〉をおかしたのか? 鯉菜」

『! 牛鬼…』


私の存在に気付いてなかったのだろう…パッと振り返るその顔は驚きの表情をしている。


「…私が謀反を企てた時…リクオもお前も、私が自決することに反対した。」

『…今となっては…懐かしい話ね。』

「あぁ…そうだな。あの時は…鯉菜、お前に叱られたものだ…。」


思い返すと、本当に懐かしい…。
鯉菜はあまりよく覚えていないのか…『叱ったっけ…』と空を見つめている。


「残された者が苦しむから…牛頭や馬頭の為にも自害は駄目だと怒っていたではないか。
そんなのはただの苦しみからの逃げで、ケジメではないと…。ケジメをつけたいのなら、自分を許せぬのなら、苦しみを一生背負って生きるのが〈罰〉だと…そう言っていたではないか。」 


そう言えば、あぁ…それか、と頷く鯉菜。


『確かに…言ったね、そんなこと。
死ぬ事は…〈罰〉からの逃げだ、ってね。』

「あぁ…」

『それで…質問は何だっけ。
「死ぬつもりか」だったっけ? 心配してるところ悪いけど…私は死ぬつもりないわよ。』

「心配などしていない。
お前が死ぬつもりが毛頭ないことは知っているつもりだ。」


この娘は…いつも先を読もうとする。相手が言わんとしていることを先に読もうと…深読みをするのだ。私はそんなことを知りたいのではない。 


「私が知りたいのは…お前が〈罪〉をおかしたのかどうかだ。」

『………。』


私の言葉に、眉を寄せて黙り込む鯉菜…きっと私の質問の意図を考えているのだろう。そしてそっと左手を自分の左頬に持って行き…小さな絆創膏をなぞる。


「(そうか…二代目が話していたやつか…)」


先日、例の先生の御家族に挨拶しに行ったと言う二代目。二代目曰く、どうやら先生の母親から鯉菜は頬を叩かれたらしい。しかも爪が当たったようで小さな引っ掻き傷ができたとか…


「…その傷は…治さないのか。」

『……簡単に治しちゃいけない傷だよ、これは…。
大丈夫、痕は残らないって鴆が言ってたし。』


私の問いに、苦笑いして答える鯉菜。
そして先程の私の問いに対する答えが出たのか…ゆっくりと口を開いて答え始める。


『…死ぬつもりはないし、忘れるつもりもない。
前世の家族を苦しめたことも…兄や先生を手掛けたことも…先生の家族を苦しめたことも背負って生きていくさ。いくら謝ったって…過去は変えられないし亡くなった人も帰らない。
だったら私ができる最大限の償いは…自分がおかした〈罪〉を忘れずに生きていくことしかないじゃない…?』


まるで仕方がないとでも言うかのように話し、『別に過去をうじうじと引き摺って生きていくって意味じゃないからね』と鯉菜は付け足す。

ーあぁ、そうか…


「…やはり、お前は…背負うつもりなのか。」


あの日、私に背負って苦しみながら生きろと言ったように…


「苦しみながら生きることで…お前は自分に〈罰〉を与えるのだな…」


一見不真面目で何も考えてないように見えるが…本当は真面目で、自分に厳しいのがこの娘だ。過ちをおかした自分自身が許せず、こうやって自らを罰するのだ…
ならば、


「では私も…
その〈罰〉に付き合わせて貰いましょう」

『…? 何を言って…』

「私もあの場に居たのに…鯉菜様にだけその重い罪を背負わせてしまいました。本来なら総大将の百鬼である私が…あの時あの者を手にかけるべきだったのです。」

『…そんなの…』

「自己満足であるのは分かっていますし、こんなことをしても鯉菜様が喜ばないのも承知しています。それでも私は…鯉菜様だけを苦しませてしまった自分が許せないのです。
自分が許せぬのなら苦しみを背負って生きるのが〈罰〉…そう私に教えてくれたのはあなたです、鯉菜様。」


そう返せば、目をキョトンとさせる鯉菜…
そしてー


『…プッ…アハハハハハ!!
牛鬼って…時々物好きだよね!!
見た目に合わずで吃驚だわ!!ハハハ!!』


目尻に涙を浮かべ、お腹を抱えて笑うその姿に…今度は私が目を点にする。久しぶりに声をあげて笑うその声に、本家にいる者が驚きの表情で集まってくる。


「おーう、2人して何盛り上がってんじゃ?」

「オレ達も混ぜてくれよ」
 

そして総大将と二代目も例外ではなく…
鯉菜様の笑い声に2人共嬉しそうにやってくる。


『フフッ
これは牛鬼と私の…2人だけの秘密よ。
ねぇ、牛鬼?』

「えぇ、いくら総大将や二代目の命令でも…言えませんね」


そう返す私達に、「なんでぃ」「ケチくせぇなぁ」「怪しいぞ」と頬を緩ませて文句をつける二人共。そんな和やかな雰囲気に周りの者達も「二代目仲間外れですね」「フラれちゃいましたね」と次々にからかい始める。



『あはは…なんか、懐かしいなぁこういうの。
…牛鬼…ありがとう。』



陰もなく、そう綺麗に笑みを浮かべてお礼を言う鯉菜に習うかのように…ここ数日間雲に隠されていた太陽がひょっこりと顔を出す。
早く昔のような日々が戻ればいいのだが…
温かい陽射しが差すのを見上げながら私はそう願ったのだった。



(「…今日はいい日和じゃのう」)
(「牛鬼が来てくれたおかげだな、お天道様が二つも出てきたぜ」)
(「…そんなことないです。」)




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