▽ 傷痕
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こんなの…家族なんかじゃない…。
血は繋がっていようとも皆バラバラで…
そんな上辺だけの家族なら、血が繋がってなくとも心が繋がってる家族の方がマシだ。
『………。』
「お前飲み過ぎだろ〜」
「これぁ明日二日酔いなるぞ」
「ちょっとぉ…明日お墓掃除なのよ? 何の為に集まったと思ってんのよ。」
長男は用事でいない…
でも次男も帰ってきて、面子は揃っている。
…言ってしまおうか。
家族を…ぶち壊してやろうか…。
「兄ちゃんも良いところ行ったしな…オレももうすぐ就活かぁー」
「お前も頑張れよ」
「地元の大手を目指してね!」
良い学校…良い会社…名のある企業…ブランド…
ウンザリだ。
ブランドや体裁ばかり気にかけて…そういうのも大事だけど…余りに過剰に固執していて反吐が出る。私達子供のため…? そんなの三割程度だろ。七割は自分の名誉やら見栄のためだ。
「にしても大学なんざあっという間だぞ〜」
うるせぇな…何も知らないくせに。
「3人とも…無事大学行けて良かったな」
…無事、ねぇ…色々ゴタゴタしてたけど。
「やっぱお母さんの教育のおかげね!!」
アンタの教育の賜物で私は腐ってるけどね。
中学から他県の私立校に行って暮らしていた兄二人は寮に住んでいて…家にいることは殆どなかった。対して私はずっと家にいて…親戚とのドロドロなやり取り、母のブランド好き、父の陰の薄さ…両親の絶え間ない喧嘩…それをずっと見てきて育ってきたのだ。
「兄ちゃんも大手入って…スゲェよな」
本当凄いよね…裏の顔見せてやりたいわ。
「大学の時も塾のバイトしてたみたいだけど…塾長や親御さん達に物凄く頼りにされてたみたいよ」
世渡り上手で憎たらしい…私とは違って…
「昔はヤンチャだったが…今では立派な長男だな。お前のこともよく面倒見てくれてたし。」
アイツとの思い出なんか…全部18禁だっての。
長男の素晴らしい話を聴けば聴くほど、私の心は一気にドス黒く染まってゆく。あぁ…何であんな事してる奴が、社会的に〈凄くて、いい奴〉とチヤホヤされてるのか…
『理解できない…』
「ん? 何が?」
「アンタもう飲んじゃ駄目よ、明日お墓…」
ただの嫉妬に過ぎない…
そんなの分かってる…だけど、私ももう…
いつまでアイツに飼われてればいいんだ…!
『ハハッ!本当…いいよね!表の顔しか見えてない奴等は!!あいつが裏で何をしてるのか知らねぇくせに!!』
「? 何言って…」
「…あんたねぇ、飲み過ぎよ。いい加減にしなさい。」
「お前…オレに対しては普通なのに、兄ちゃんに対してはいつもキツイよな。兄ちゃんが可哀相だろ。」
お酒の力というのは凄い。
今まで言いたくても言えなかったのが…あっさり言えてしまうんだ。
『ふざけんじゃねーよ!!
あのクソ兄貴が可哀想!?何も知らねぇくせに…知ろうともしねぇくせに!!私がアンタに対して普通の態度をとるのは、アンタが普通に兄として接してくれるからよ!!
でもアイツは…っ嫌だ!!私はアイツのペットでも性奴隷でも何でもない!!』
テーブルにあるグラスやワインボトル…お皿…色々なものを掴んでは床に叩き割り、そして微かに残っている理性で「こんなことして後で怒られるかも…」なんて考えていた。
『もうたくさんよ!!
「子供が出来たらおろせばいい」!? ふざけんな!!
人を何だと、思ってんだよ…!!
…返せよ!! 私の人生っ…返せよっ!!私を…解放してよっっ…!!!』
沢山の硝子の破片が散らばる床…
足に痛みが走るのを無視して、そのまま床に泣き崩れる。
正直酔っていたため…何を自分で言ったのかも、周りが何を言っていたのかも覚えていない。
ただ1つ…とても鮮明に覚えているのはー
『…ソっ……クソっ!!
……うわあああああ!!!!』
傍に落ちていた…ワインボトルの大きな破片。
感情が抑えられず…その鋭く尖った破片を、左手首に何度も何度も刺したのだ…。
*
*
*
『……ッ!!』
ゴツン!!
『…イッ…!』
「…ッテェ〜…!!」
ハッと目を覚まして起き上がろうとすれば、私の額と誰かの額が物凄い音を立ててぶつかる。
『……っ…り…、お父さん…?』
「………おまっ…急に起き上がるなよっ!」
涙目でこちらをジロっと見るお父さんに、自分が懐かしい前世の夢を見ていたのだと気付く。そして痛む額を左手で押さえていれば…視界に入る手首の傷痕。
「お前…随分と魘されてたぞ。」
『…………。』
「鯉菜…? …あぁ、その傷か。」
手を降ろし、左手首の傷痕をジッと見ていれば…お父さんが口を開く。
「その傷な…お前が産まれた時から既にあったんだよな。最初はオレも若菜も吃驚したぜ。左手首に何か障害があるんじゃって思ったが…鴆が何も異常ないって言ってなぁ…あん時はスゲェホッとしたよ。」
『…そっか。』
夢で見たからだろう…ジクジクとその傷が疼いて痛い。効果があるか分からないが、駄目もとで治癒の力を使えば…幸運な事に痛みは治まった。
「…その傷、オレも試したが不思議と消えねぇんだよな。…今の時代、整形とか色々あるし探してみっか? もしかするとその傷も消えるかもしれねぇぞ。」
『…ぇ? あぁ…別に傷痕を消そうとしたんじゃないよ。痛いから治癒の力使っただけ。』
「! それ痛いのか!?」
『ううん。日頃は痛まないよ。
ただ、今はちょっと…夢を見て思い出したから痛かっただけ。』
「…夢?」
『うん…前世の夢。
この傷さ、前世で付けた傷なんだよ。
いやぁまさか今世にこんな形で傷痕が残るとはね〜アハハ! …痛てぇっ!!』
頭をボリボリと掻いて笑えば、ゴツンと拳骨がふってきた…何故だ。
「お前それ…笑っていうことじゃねぇだろ。
ッたく、自分を大切にしろっての…このバカ娘。だからお前はバカなんだよ。バーカ」
『…言い過ぎだってのこのアホ親父。
だいたいこれは前世での話じゃん…チッ!』
「舌打ちするな不良娘」
ちょっとプチイラなぅ。
そんな事言われても…過去の私がやったことだし、その時の状況も状況だし…何だか今の私が咎められたようで気に食わない。
「…おい、いじけるなよ」
『いじけてねーし、このド変態アホ親父』
「…思っきしいじけてんじゃねーか!」
『ちょっ…離せこのエロ親父!うっぜ!親父うっぜ!!』
何これ!?
元気づけようとしてるの!? それとも私からエネルギーを吸ってんの!? どっちでもいいから取り敢えず抱き着いて来るなこのひっつき虫が!!
『ちょっ、リクオォォォォォ!!!』
「頑張れ姉ちゃん!! ファイトだ姉ちゃん!!」
『せめてこっちを見て言って!?』
2階にいるであろうリクオに叫べば、2階の部屋から聞こえてくる声。だがリクオの姿はどこにも見えない…あいつ部屋から適当に返事してやがるな。くっそー姉ちゃん泣くぞ!!
「Zzz…」
『寝たフリしてんじゃねぇぞくそ親父!! 寝るなら離れて寝やがれ!!』
結局、首無が現れるまで背後霊の如くくっついていたお父さん…ようやく退いたお父さんに、ドッと疲れが押し寄せてきた私だが、左手首の傷痕のことはすっかり頭から消えていたのだった。
(『首無!お父さんがセクハラしてきます!!(嘘)』)
(「鯉伴んんんんん!!!!」)
(「ちょっ!?…ギャアアアアア!!!!」)
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