▽ 一人失恋日記B(テルside)
「おいおい…んだよこんな所に呼び出しやがって、てーるひーこくーん?」
「………。」
鯉菜さんと屋上で話した次の日…
僕は今、イジメの首謀者と二人きりで対峙している。
「…ちっ、何だよ。やんのかてめっ…
ーなっ!?
おまっ…ふざけてんのか!?」
イライラとしていた態度が一気に豹変し、相手の顔に恐怖の色が浮かぶ。
「何キレてんだよ!? あんなの…
ちょっとからかってただけだろ!? 怒んなって!」
何故こんなにも相手が慌てふためいているかというと、僕の手にカッターが握られているからだ。ジリジリとカッターを片手に近付く僕…一方相手は恐怖のあまりズリズリと後退る。
「て、てるっ…悪かった!もうお前を虐めたりしねぇからよ、そのカッターを仕舞え!!」
「…許さない…」
「っ謝るから!!お前にしてきたこと…全部謝るから!!だからもう助け…っうわあああああ!!?」
泣きながら助けてくれと請う相手に、黒い感情が生まれる。僕はいつもその言葉を無視されて虐められてきたのに…、そう思いながらカッターが振り下ろされる。
脳裏に甦るのは…屋上で鯉菜さんに言われた言葉。
*
*
*
『ほい、これあげる。』
「…カッター?」
ポンと投げ渡されたのは、何処にでも売っていそうなカッターナイフ。
これで何をしろと言うんだ、そう目で訴えれば…
『それでイジメの首謀者を脅せばいいよ。向こうはアンタが自分より弱いと思ってる。だったら、アンタは牙剥き出してさ…噛み付けばいいんだよ。』
「噛み付くって…」
『やだなぁ、比喩だよ比喩!
テルくんもさ、優しそうな顔してるけど…本当はその部分隠し持ってるんでしょう?』
「…その部分?」
『理性が邪魔してるけどね、悪魔な君を…』
クスクスと楽しそうに言う鯉菜さん…
相変わらず口は笑っているが、目は笑っていない。
『あぁ…でももし一歩間違えたら、この人間社会を生きることは不可能になるから…
気を付けてね?』
「……ッ」
*
*
*
「!!」
「…ハァッ…ハァッ…」
人間社会を生きることは…不可能…
その言葉を思い出し、ピタッと止まる僕の腕。もし止まらなかったら…きっと今頃僕は…
パシャッ!
「「!!?」」
『あっは! キレイに撮れたぁー!』
携帯のシャッター音と共に突如現れたのは鯉菜さんで、『見てよホラ』と渡される携帯の画面に映るのは…怖さのあまり漏らしているイジメの首謀者。
『テルちゃんにもこの画像あげるよ。それをどうするかは君次第だけどねー』
「えっ…」
「お、お願いだ!!誰にも見せないでくれ!!」
僕の携帯に送られた写真…それを消してくれと請う相手…。僕の心の奥底からは、その写真をばらまいてしまえという声が聴こえてくる。
でもー
「…誰にも見せたりなんかしないさ。
そんな事したら…僕も君と同じになってしまう。」
「輝彦…」
「でも、もし僕にまた嫌がらせした時は…どうするか分からないから。」
「! あぁ…分かってる、……悪かった。」
僕に一言謝り、そのままコソコソと帰っていく相手に…ようやくこれで虐められないだろうとホッとする。それにしても…
「鯉菜さん…いつからここに?」
『最初から。
アンタがもし本当に刺しそうになったら止めようと思って。』
「あ…ありがとうござ…」
『勘違いしないでよ。
アンタがあいつをもし刺してたら、後々アンタは私に促されたからって責任を擦り付けるっしょ?
そうされないために見張ってただけよ。』
この日を境に、僕はもう虐められる事がなくなった。そして鯉菜さんとも度々話し仲良くなったのだ。
そして現在ー
「妖怪だって…打ち明けられた時は驚いたな…」
虐めがなくなって数日後…
急に『そういえば私半妖なんだーアハハ』と何事もないように言ってきたのを覚えている。なかなか信じない僕に、妖怪姿になって技を繰り広げる鯉菜さんにはつい笑ってしまった。変わった人だと思っていたけれど…妖怪の血が混ざってるなら納得だ。
「…妖怪の血よりも…あれはただの性格なような気がするけどね」
虐めから一応は僕を助けてくれた鯉菜さん、そして僕にだけ妖怪であることを教えてくれた彼女に…つい優越感に一人で浸っていた。友達以上恋人未満な関係に満足し、いつかはきっと恋人関係になるのだろうと…自負していた。
「それがまさか…こんな形で失恋するとはね…」
自嘲するように鼻で笑い、先程の男と鯉菜さんを思い浮かべる。
…悔しいけれど、すごくお似合いだった。
坂本先生が亡くなって…彼女は僕に弱音を見せてくれたけど、でも僕は彼女を笑わせることができなかった。対してあの目付きの鋭い男は…
「いいなぁ…彼女を笑わせれたんだなぁ…」
できることなら彼女の隣には僕が立ちたかった。
だが…彼女に、鯉菜さんに…再び笑顔が帰ってきたなら、僕はそれだけでも満足だ。
「…陰ながら応援しよう。辛いけど!」
パンッと自分の両頬を叩き、走りだす。
応援するのは明日から…
今日くらいは、女々しいかもしれないけれど…泣いて泣いて泣きまくろう。
そして鯉菜さんとは…今まで通りに付き合っていこう。
ーそんなわけで、僕の高校生活は切ない所から始まるのだった。
(『リクオもだけど…背ぇ伸びたね、イタク』)
(「まぁな…最近体があちこち痛む」)
(『成長期…!!(ドキーン)』)
(「…何ニヤけ…、…!!」)
(『? どうかした? 怖い顔して…』)
(「…何でもねぇ(何だあの男、睨んできやがって。)」)
(『? にしてもリクオの修行なんて…イタクも飽きないよねー』)
テルくんの勘違い☆ですね
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