▽ 一人失恋日記A(テルside)
『それで、君は何してんの? てか名前は?』
「て、輝彦です…」
『ふーん…テルちゃんね! 了解!』
ケラケラと笑う鯉菜さんに、少し緊張が解ける。あの時会った時とは全く違う…。
『それで? その格好からすると…ただのサボリじゃなさそうね。虐め、とか?』
鯉菜さんの言葉に小さく頷き、僕は説明し始める。小学校の頃からずっと僕を虐める奴がいること…中学に入ったら行動がエスカレートしたこと…先生や親に相談しても何も変わらなかったこと…。
鯉菜さんはオレの話をただジッと黙って聞いてくれ…だから気が付けば僕もずっと話していた。
「…ハッ…す、すいません!僕の話ばかりしてしまって…!」
『いや、別にいいけどさ…
ちゃんとやめてって言ったの?いじめっ子には』
「えっ……い、言いました…」
『大きい声で?』
「…っ…は、はい…」
『…嘘だね』
「……ぼ、僕からしてみれば…大きい、声ですっ」
心臓を掴まれたような感覚だった。
本当は「やめて」なんて滅多に言わない…言っても余計相手を調子に乗らせてしまうし、何より恐い。
そんな僕の考えが分かっていたのだろう…
鯉菜さんは目を細めて言うー
『…そんなだったらいつまで経っても虐められるわよ』
「わ、分かってます!そんなの!!」
『じゃあ殴りかえせばいいじゃない。向こうはアンタを自分より弱いって思ってるから虐めるのよ…もしアンタがここで…』
「り…鯉菜さんにはっ…分かりませんよ!!
殴られたら倍返しに殴られるじゃないですか!!」
『だから何。』
「えっ…」
『殴ったら殴られる?
そんなの当たり前じゃん、殴ったんだから。でもアンタだって虐められてんだから、殴る権利あるじゃない。』
開いた口が塞がらない…
そんなの…喧嘩が強いから言える台詞だ。僕みたいに弱くて、臆病なやつが…そんなこと出来るわけがない。
「あなたには…虐められる人の気持ちが分からないんです! 恐くて恐くて…ただジッと痛みと恐怖が過ぎるのを…待つしかない人の気持ちが分からないんですよっ!!」
『…分からないわね。
だってアナタ何も悪いことしてないんでしょう? なら何で黙って虐められているのか…私には理解出来ないし、理解するつもりもないわね。
下駄箱や机にゴミ入れられたりしたら私も同じことしてやるわ。水ぶっかけられたなら水かけ返してやる。どうせ虐められるのに変わりがないのなら…私は少しでもやり返してやる。』
「…う、うるさい!うるさいうるさいうるさい!!」
耳を塞ぎ、膝をつく…
本当は自分が変わろうとしない限り、この状況が変わらないのも分かってる…。
でもそれができないんだ…
「………死にたい…」
ポツリと僕の口から出た言葉。
『…本当に死にたいの?』
「………だって…この先僕は、ずっとどうせ虐められるんだよ!!それだったらもう…いっそのこと楽になりたい…!!」
もう何もかもが嫌で…投げだしたい。
そう思って出た言葉だったのだがー
『…ふぅーん…じゃあ、私が殺してあげようか?』
「……はっ…?」
返ってきたのは…僕に対する問いかけ。それを言う鯉菜さんの口は笑っているものの、目は一切笑っていない。むしろ、本当に僕を殺そうとしているかのような獣の目に…背筋を冷や汗が伝う。
『優しい言葉をかけると思った?
悪いけど私そこまでお人好しじゃないからさ…だから代わりと言っちゃあなんだけど、協力するよ!』
「えっ…あ、あの…」
『死にたいんでしょ? 遠慮しないで…
今すぐ殺してあげる』
「!? な、何言って…」
スッと取り出されたのは番傘。
それで撲殺されるのかと思いきや、そこからシャンッ…と綺麗な音を立てて刀が抜かれた。偽物だよなと思ったものの、その考えは直ぐに赤い花弁と共に崩れる。
「ぅ…ぁあ…ひ、ひぃぃいいいっっ!!」
『偽物だと思ったー?
残念ながら、よぉく斬れるモノホンの刀ですよ〜アイタタタタ…』
鯉菜さんの腕からポタポタと流れ出る血。
正真正銘の本物だと示すため、自分で自分の腕を斬りつけたのだ…
この人…イカレてる……
『ほぉら、黄泉はもう目の前だよ』
「うっ…うわぁぁぁあああああ!!!!」
ブンと振り回される刀から必死になって逃げる。
頭上を掠ったり、顔の真横を刀が通り…気が付いたらもう逃げ場がない所に来ていた。
ーもう…ダメだ…
振り下ろされる刀に、反射的に目を瞑る。
だが…覚悟した痛みはなかなか襲ってくることがなく、恐る恐る目を開けた。
『…死にたいんじゃなかったの?』
「…ぁ…」
刀を終い、にっと笑う彼女…。
どうやら僕は嵌められたようだ。さっきまで確かに死にたいと思っていた筈なのに…今はもう生きたいと思っている。
『希望が見えないんならさ、見えるまでただ踏ん張って…戦うしかねぇんじゃねぇの』
「た、たかう……僕が…」
『…ぶち壊したいんでしょう?』
怪しげな笑みを浮かべ、僕に手を差しのべる鯉菜さん。
あぁ、この手を取ってしまえば僕は変われるのだろうか…。そして僕への虐めもなくなるんじゃなかろうか…。
そう都合のいい事を考えて、その手を取れば…グイッと引っ張られて難なく立ち上がる。
『さてと…反撃といきますか』
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