この手に掴んだ幸せを(短編) | ナノ

▽ 夜の散歩(鯉伴side)

「〜♪ 今宵も月が綺麗だねぇ」


晴明戦が終わり、再び戻ってきた平和な日々。
満月ではないものの…綺麗に輝く月を見上げながら廊下を歩く。寝ているだろう鯉菜を起こさないように、鯉菜の部屋の前を静かに通り過ぎようとすればー


「…何だ、まだ起きてたのか…相変わらず夜更しが好きだねぇ」
 

人の事言えないけどな。部屋の障子に映る鯉菜の影を見ながらポツリとそう呟く。影からして夜の姿だな…しかも何処かへ行くつもりなのか着替えをしている。
…こんな時間に何処へ行くのやら。
出てきた鯉菜に、明鏡止水で気付かれないようにし、コッソリと後をつける。


「………?」


行き先は決まってないのか…どこに向かうでもなくただプラプラしている。
…もしかして夜のパトロールか?
そんなことを思っていればー



『野に出でて若菜を摘まず会いに来む 追い来たる者徒人なる鯉』


徒人…って、おいおい…そりゃあねーだろ。
つぅかいつからオレの存在に気付いてたんだ?


「…月読みの光を清み共に行かん 長々し夜ぞ夢の如き」


前を向いたまま和歌を詠む鯉菜に、オレも和歌で返答する。
何と返してくるか…ニヤケそうになる口元をなんとか抑えて返事を待つが、返ってきたのは無言。


「おいおい…無視かい? つれねぇなぁ…」

『…どうせ断ってもついて来るのでしょう?』


そう言ってゆっくりと振り向いた鯉菜の眼の色は…いつもの見慣れたものではなく、紅の色だった。
暗闇に射し込む月の光、そして鯉菜の鋭い紅の目に…背中をゾクゾクと何かが走るのを感じる。


「…ククッ…太陽の姫を口説いたつもりだったが、月の姫だったとは。今日はツイテるみたいだ」

『………太陽に嫌われるわよ』

「誤解すんな、いつも雲に隠れてるお月様が珍しく顔をお出しになったんだ…そりゃあ誰だって喜ぶだろ?」

『……勝手にすれば』

「お、おいおい、ちょっと待てよ!!」


フイっとまた前を向き、スタスタと歩き出す鯉菜。慌てて追い掛けてガシッと肩を掴めば、驚いたようにコチラを見る。
しまった…


「悪ぃ、痛かったか?」

『…別に。ただ…いつもより強引だから驚いただけ。』


オレの手を振りほどくでもなく、ただ…目で『何?』と問われてるのを感じる。
…別に用事があるわけじゃない。ただおまえを見つけたから一緒に居ようかと思っただけなんだが…
…おかしい。よく分からないが、今日のオレはおかしい気がする。


『…なに』

「…あ、いや…その…何だ、
…一緒に化猫屋に行かねぇかい?」


結局、苦しまぎれに出た言葉がそれだった。









「らっしゃーーーい!!化猫屋へようこそー!!」

「…あれ? 二代目じゃないですか…」

「何か忘れ…もふーーーーー!??」

「ハハハ、久しぶりだなぁ良太猫!儲かってるかい?」


慌てて良太猫の口を手で封じ、ほぼ棒読みでそう言う。一方の良太猫は「え? え?」と混乱顔だ。
…実はここに来るのは本日二回目なのだ。
つい一時間程前にここを去って家に着き…そして冒頭に戻る。要は、鯉菜とここに来る前…オレ1人で既に飲んでいたのだ。
だが、察しのいい化猫屋の店員は直ぐにオレの話に合わせ、店の中へと案内してくれる。


『…ねぇ、できたら静かなところに案内してくれる?』

「へっ?…りょ、了解です!!それでは奥の方へご案内しますねー!!」


鯉菜の要望で、最上階で奥のこじんまりした方に案内される。いつもおおっぴらな所で飲むが…たまにはこういう所もいいかもしれない。


「何飲みますかー?」

「オレはいつもので」

「はいよ! 鯉菜様は?」

『……ウーロン茶』


待て待て待て待て。
酒飲む所でウーロン茶!?何考えてんだこの娘は!


「はいよ、ウーロン茶ですねー」

「待て。ウーロン茶じゃなくてマタタビカクテルにしてくれ、良太猫」

『「え…」』

「いいな? マタタビカクテルで頼むぞ」


でも…と反論する良太猫に再度強目に言えば、頬を引き攣らせて「了解です!!」と去って行った。


『…何でウーロン茶駄目なの』

「お前なぁ…こういう所ではお酒を飲め!鉄則だ」

『それは私のルール範囲外だわ』


眉を寄せて言う鯉菜に、取り敢えず飲んでみろ、と届いたマタタビカクテルを渡す。
ちなみに…マタタビカクテルはジュースのようで飲みやすいが、実を言うと度数が高い。


「…どうだ? うめぇだろ?」

『…美味しい』

「この日本酒も飲んでみろ。」

『…………苦い。』

「ハハッ、まぁ甘いヤツ先に飲んだらそうなるわなぁ…」


そういえば…夜リクオはお酒を飲むのに対して、こいつはあまり飲みたがらないな。
ーお酒の味は飲まないと分からねぇ…ついでだ、今飲ませるか。


「良太猫、悪ぃが…ここからここまでの酒を持ってきてくれねぇかい? 全部盃1杯分だけでいい」

「へい!ただいま!!」


良太猫に次々と運ばれる色んな酒。
それを鯉菜に渡し、一つずつ味わわせる。


「これはどうだ?」

『……深い森みたいな味がする』

「こいつは?」

『…飲みやすい。浅い川みたいな味…』

「次はコレな」

『………高くて生い茂った山みたいな味…からい』


…お前さんそれ全部食ったことねぇだろ。
例えはまあ置いといて、味覚…はいいのかもしれん。だがどれも眉を寄せて飲んでいる。今はアレだが…こいつは鍛えれば酒豪になるぞ。


『…ッ』

「おっと…大丈夫かい?」


フラッと体が倒れそうになる鯉菜の体を慌てて支える。ちぃと飲ませ過ぎたか…。


「おーい、寝るなよー」

『………んぅ〜…?』 


寝ぼけまなこでコチラを見上げる紅い瞳に、一気に締め付けられる心臓。


「………やっぱ少しだけ寝な。酔いが醒めたら帰るぞ。」


ーやはりオカシイ。
慌てて鯉菜を横に寝かせ、その上に羽織りをかける。上手く言えないが…どう接していいか分からない。


「…どうしたもんかねぇ…」

「何かお悩みですか? オレで良かったら話聴きやすぜ!!」


ポツリと呟いたオレの言葉に、そう返してくれたのは良太猫。その言葉に甘え、一から十まで今起こっている謎の現状を伝える。
するとー


「…ハハッ、二代目…昔のオレの親父にそっくりでさぁ!!」

「はぁ?」


ケラケラと笑い、そう言う良太猫に疑問が浮かぶ。


「オレにも少し年の離れた姉貴がいたんスけど…親父も二代目と同じように一時期悩んでましたぜ」

「…今はもう悩んでねぇのか?」

「へい! もう姉貴が結婚したんで!!」


その言葉にオレの頭が一瞬フリーズする。…娘の結婚とそれがどう関係するんだ。


「二代目、今日鯉菜様を見てドキッとしたんでしょう?」

「………」

「それってつまり、1人の女性って認識したってことですよ。」 

「オレそんなイヤラシイ目で見てねぇぞ!?」

「ちょっ、早とちりし過ぎです!!
そうじゃなくて…、そのドキッとした瞬間、一瞬だけ脳裏に〈娘を取られたくない〉なんて考え…過ぎりませんでしたか?」


…あぁ、そうか。
ようやくこの感情が分かった。


「要は、
ドキッとした瞬間…二代目はお嬢を1人の女性だと認識したと同時に、姿の見えない未来の旦那に嫉妬したんスよ!
可愛い娘が取られて寂しい、しかもあんなことやこんなことをさ…」

「させねぇよっっ!!?」

「落ち着いてください二代目ー!!
そんな寂しくて嫁にやりたくないという思いとは裏腹に、やっぱり結婚はさせないと駄目だ、孫も見たいし…というような二つの思いがきっと葛藤してるんスよ!!」


…全くその通りだ。
夜に久しぶりに会って話した時、一目見て分かった。鯉菜はいつかどこの馬の骨かも分からぬ男に取られるのだと…。
それが嫌だったが、だが、現実的に考えるとやっぱり結婚して欲しい…。
そのモヤモヤがずっとあって…だからこそ、色気振りまくりな夜鯉菜を見る度に現実を突きつけられあああああああああ「二代目!!落ち着いて下さい!!」

「…あり? オレ今口に出してたか?」

「ええ!?無自覚!?めっちゃ叫んでましたよ!?」


そんなこんなでモヤモヤが分かり、悲しいが少しスッキリしたところで帰る支度をする。


「あれ…もう帰るんですか?」

「あぁ、実を言うとこいつ明日学校があるんでねぇ…ほら鯉菜、起きろー
…駄目だこりゃ。泥酔してらぁ…悪いが朧車呼んでくれるかい?」

「へい!!少々お待ちくだせぇ!!」


走り去る良太猫の背を見送り、オレの膝元で寝る酔っ払いの頭を撫でる。


「…せめてお前さんを幸せにする男を捕まえてくれよ…?」


小さな声でそう呼び掛けるものの、勿論返事が返ってくる筈もなく…ただただそう祈るばかりだった。





(『…ぅっ…頭痛てぇ…気持ち悪い…』)
(「………大丈夫か?」)
(『ムリ。もう今日休むわ…』)
(「コラーーー!!姉ちゃん昨日もサボったでしょ!?」)



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野に出でて若菜を摘まず会いに来む 追い来たる者徒人なる鯉:
お母さんを放ったらかしにしてアタシに会いに来たのはだーれ。あぁ、追ってきたのは遊び人の鯉さんね。

月読みの光を清み共に行かん 長々し夜ぞ夢の如き:
綺麗な月でも見ながら夜の散歩でもしないかい?夢のようにきっとあっという間に終わるけどなぁ。




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