この手に掴んだ幸せを(短編) | ナノ

▽ 治療(鴆side)

ある日のことー

深夜2時、そろそろ寝ようと寝室に向かう。
寝室に入れば布団はもう敷いてあり、電気を消して布団に入った。疲れていたのだろう、布団に入れば直ぐに眠気が襲ってきてウトウトし始める。
だがー


「……!」


微かにだが足音が近付いてくる。
こんな時間にオレの寝室に近づいてくる奴はいない。何か非常時があったなら、ドタバタと走って誰かが来る筈だ。


「忍び足で来るたぁ…敵か?」


明かりを付けずに布団から出る。そして近くに置いてある護身刀を持ち、戸の近くに身を隠す。徐々に近付いてくるやつに、段々心臓が高まる。
そしてー


「誰だ!?てめぇ…っ!!」

『…いっ…たぁぁ………っ』

「…なっ!? 鯉菜!?」


スーッとゆっくり戸を開けて入ってきたやつをねじ伏せる。相手の首に護身刀をつきつけて問えば、聞こえたのは知ってる声…鯉菜だ。部屋の隙間から入る月光に照らされ、鯉菜が怪我をしているのが見えた。


「おま…どうしたその傷は!!」

『ははっ…ちょっと敵の懐に潜ってたんだけど、しくじっちゃって…治療頼めるかしら』

「お、おう! ちょっと待ってろ!!」


慌てて棚に置いてある薬箱を取りに行く。まだしっかりとは見ていないが…あちこちから血が着物に滲み出ていた。顔色も良くない。
傷薬や包帯など…治療に必要な物を一式取り出しながら問う。


「で? どこやられたんだ。」

『背中と…あと鎖骨辺り、太腿、腕、その他諸々です☆』

「…2代目に知れたら怒られてたな」

『…くれぐれも内密に頼むよ鴆くん』


苦笑いする鯉菜に、オレも苦笑いする。
こいつは治癒の力を持っているが自分には使えない。そのため、こいつの怪我を治してたのはいつも2代目かオレだ。


「じゃあ…まずは腕から見せろ…」

『はい。』 


消毒液をかけ、まきまきと包帯で傷口を手当し…そんなこんなで腕の治療は終わる。


「……次は脚だ」

『…ん。』


部屋の電気を付けていないが、月光のおかげで部屋は明るい。そんな光に照らされる中…鯉菜が少し恥ずかしそうに太腿をあらわにする。
赤い血と月の神秘的な光によって、太腿の白さが一層際立った。


『…鴆?』

「……っ、結構深いじゃねぇか」

『そう…かな……イっ!』


名を呼ばれてハッとした。違和感を悟られないように慌てて治療に取り掛かるが…痛みに反応して鯉菜の脚が動く。


「おい、動かしたら治せねぇだろ…」

『…ンッ……鴆、痛い…』 

「っ…我慢しろ」
 

動かしたら治療はできない。しかも、それだけではない。動かす度に血が出ちまうし、最悪…動いた拍子に誤って傷を深くしてしまう可能性がある。
仕方ねぇ、少し固定して薬塗るか……
そう頭を悩ましているとー、


『……ッ…?』

「おいっ」


急に鯉菜の体がぐらついた。
倒れることはなかったが…さっきまでの血の気が引いた青白い顔色が、今度は赤くなっている。息も少し荒く、若干汗ばんでいる。目の焦点も合ってないし、意識が朦朧としかけているのだろう。


「…熱出てきたな。毒でも盛られたか。」


念の為に額に手をやると、思っていた以上の熱が手に伝わった。風邪でもねぇし、考えられるとしたら傷が原因だろう。だが、傷が原因にしては様子がおかしい…。
やっぱり毒か…
いや、毒を貰うヘマをこいつがするか?


『……そう、いえば…ご飯食べてたんだけど…変な味した…かも…』

「あぁっ!??
お前っ…敵のところでご飯食うなよ! しかも味に違和感あったなら尚更だろーが、馬鹿野郎!!」

『…ごめん……痛ッ……』

「…ったく!
よし、脚は終わったぞ。先にこれ飲め、しばらくしたら毒も消えるだろう。」


そう言って水が入ったコップと薬を渡せば、勢い良くそれを口に含む鯉菜。
しかし次の瞬間、


『…ブフゥッ!!』

「お前っ…何吹いてんだよ!!
飲まなきゃ効き目ねぇだろが!!」

『だっ……これ、苦いっ…苦過ぎる…』

「我慢して飲め!」

『無理。錠剤……じゃないと…飲めん…』


飲まそうとするオレに対して、要らないとそれを防ぐ鯉菜。だがそうやって動けば動く程、毒がまわるのは当たり前で…


『…ぅっ……』

「お、おいっ!」


クラっと眩暈がして倒れる体を慌てて支える。


「…ちっ、錠剤作ってたら毒が全身にまわっちまうし…。仕方ねぇ、我慢しろよ。」

『…?』


グイッとその薬を口に含めば、確かに広がる苦い味。それを何とか耐えて、鯉菜の頭を引き寄せる。
そしてー


『…んんッ…!?』


鯉菜の口を自分のそれで塞ぎ、薬を少しずつ流し込む。苦味に眉を寄せ、顔を背けようとする鯉菜。それを何とか押さえ、薬を飲むよう次々と流し込む。


『……ぷはっ!!』

「…ゲホッ………苦ぇなこの薬…」

『…だから言ったじゃん…ケホッ』


ようやく薬を飲んだことを確認し、解放すれば、お互いに苦味と息苦しさで少し咳き込む。


『(もしリクオが薬飲まなかったら、リクオにも口移しで飲ませるのだろうか…)』

「お前ぇ何か変なこと考えてるだろ…」


ニヤニヤとしてるこの顔はろくでもないことを考えている時だ。いつもだったら頭を叩いているが…今はあくまでも怪我人だ。ジロりと睨むだけで済ませてやる。
つぅか病人のくせに頭は元気だな、コイツ。


「じゃあ、次。
背中を先に治療するから傷を見せろ。」


そう言えば、鯉菜はこちらに背を向けて羽織を脱ぎ、着物を腰まで下ろした。露わになった背中には大きな刀傷が一つあり、血の独特な臭いが鼻をつく。
 

「…結構酷ぇな…。
深くはねぇが…傷がデケェ…。少ししみるかもしれねぇが、暴れんなよ。」

『ぇ』
 

こんだけ傷が大きいなら、この薬がいいだろう。新しい薬を取り出して、それを背中につければ、


『……っ痛っっったいんですけど!?』


余程しみたのか、こちらを少し振り返って文句を言ってくる鯉菜。どこのガキだよ!


「だから動くなっつってんだろ、バカ!!」

『何で傷治すのにこんなに痛い思いしなくちゃならんの!? ちょっ、もう背中と前は大丈夫です!!』

「待てゴルァ!!」

『ひゃっ……痛ったぁー!!』


怪我人を怪我したまんま返す医者があるか!!
そう内心怒鳴りつつも、鯉菜の足を引っ掛けそのまま布団の上で組み敷く。逃げ出せれないように、鯉菜の腰に座り…薬を取り出す。


「すぐ終わるから大人しくしやがれ!」

『ねぇ、待って。その薬大丈夫?
ドクロマークがついてるんだけど、大丈夫!?』


首を後ろにまわし、オレの持つ薬を見てつっこむ鯉菜。こんだけ怪我してるくせに、治療の痛みが嫌って何なんだよ。それなら最初から怪我すんなっての。


「…大丈夫だ。
効き目が良い分、痛みが強いだけだ。」

『大丈夫じゃないからそれぇぇぇえ!!』


オレの答えが不満だったのか、なお一層暴れ始めた鯉菜だったが、オレが上にいることから逃げられない。
そして薬を塗り始めれば…


『…ぁあっ!…ぃ…っ…』

「……耐えろ」

『…ふっ……ぅぅ…』


痛みに顔を歪め、息をもらす鯉菜。少し可哀想だが、治すためにもここは心を鬼にしなくてはならない。それにこの薬は確かに物凄くしみるやつだが、その分、傷は早く塞がりやすい上に傷痕も残りにくいのだ。


『………んぅッ……』

「…………あともう少しだ」


つぅか…可哀想なのはむしろオレな気がしてきた。
痛いのを何とか耐えようとして声がもれちまうのは分かる、致し方ない。だがその声がどうしてもエロく聴こえるのはオレだけだろうか、いや、きっとオレだけじゃないはず…!!


「(頑張れオレ…!!)」

『……鴆っ…!』 

「も、もう終わるぞ…!」


薬を塗り終わりガーゼなどで処置し終える。
……精神的に一気に疲れた。最早オレが血を吹きそう。
しかし、一番の難関はこれからだった。


「最後は前か…」 

『………』

「………」


そこでふと気付く。
コイツ…女だった! いや、別にコイツが女なのは重々承知だが…女ってこたぁリクオと違って、前には胸があるってことだ!!
どうするオレ…!!


「…ま、前はどこを怪我してんだ?」

『鎖骨のところから心臓辺りまで。』 

「………はぁっ!? 心臓!?」

『…うっ、だ、大丈夫だよ、心臓は取られてないし! ギリギリセーフだったの!!』


…こいつ…4分の3は人間だから心臓取られたらヤベェだろ! もう少し気をつけろよ!!
色んな怒りや焦りで頭が混乱する。言いたい事が色々あるが、何とかそれを呑みこんだオレは偉い。


「はぁ……もういい。そこに仰向けになって寝ててくれ。ちょっと包帯とガーゼ取ってくらぁ。」


そう言い残し、新しい包帯などを棚から取り出す。総大将でさえ、心臓を取られてだいぶ寿命を削られたと聞く。2代目もそうだが…リクオや鯉菜には人間の血がある分、もう少し気をつけて欲しいものだ。


「…よし、待たせたな。じゃあ治療する…ぞ…」


パッと振り返れば、視界に入るのはオレの布団に仰向けに寝る鯉菜。
胸元を羽織で隠しているが…
露になった白い肩や散らばる黒い髪、そして熱が上がってきたのだろう…息が上がって赤く染まる頬に、オレの心臓が速鳴る。


『……頭痛い…』
 

ぽつりと力なくこぼれた声に、ハッとする。


「…治療が終わったら寝とけ。2代目にはオレが連絡しとい…」

『連絡しないで下さいお願いします』

「………ハァ…もういい。
治療するから羽織のけるぞ?」

『ん…』

「……お前がこんなに怪我するなんて珍しいな」


見れば、背中同様に血がたくさん出ていた。着ていた着物も血を吸って重い…むしろ、こんなに血を流しながらよくもまぁここまで来れたものだ。
胸に巻いていたサラシが傷を少し浅くしてくれたり、出血を少し弱めたりしたのかもしれない。いずれにせよ、鎖骨のところからまさに心臓のところまできているその傷は…あまり深くはなかったものの見てて痛々しい。


『……ねぇ、鴆…』

「あん?」

『…………は、恥ずかしいからあんまり見ないで欲しいんだけど』

「…忘れてたのに思い出させるなよ!!」

『…?』


医者モードになって傷を見ていたのに…!
オレの顔に熱が帯びるのを感じるが、それを気付かないふりして薬を塗り始める。
鯉菜は熱が上がったせいか、グッタリとしてあまり動かないため、背中の時に比べて断然塗りやすい。


『…つぅっ…』

「……大丈夫か?」

『…ゃ……少し…ずつ、にして…』

「…あぁ、分かってら…」

『…ふっ……ぅあ……』 

「………あともう少しだ…」 

『…もっ……痛い、…無理……っ…』
 

あと心臓のところを塗れば終わりー
そう思った時だ




スパァァアアアアアアアンン


 

「うおうっ!?」



勢い良過ぎる戸の開け方に、肩がビクッと上がる。鯉菜も熱で虚ろ気だった目が、一気にパチッと開いていた。


「鴆…なに人の姉貴に無理矢理手ぇ出してんだ?」


ギロっとオレを睨むのは…夜のリクオ。その手には祢々切丸が握られている。
…ってコイツ勘違いしてねぇか!?


「ちょっ、待てよこれ無理矢理じゃねーぞ!」


慌ててそう弁解すれば、ピタリとリクオの動きが止まる。殺気が半端なくて、オレの心臓はさっきとは別の意味でドクドクと早鳴っている。


「…てことは同意の上か?」

「あ、あぁ…!」
 

そこで体をずらし、鯉菜をチラッと見るリクオ。そして今度は驚きに目が大きく開かれる。


「てめぇ…! 何だあの傷!!
SMプレイにも程があるだろ!!よくも姉貴を…!!」

「待て待て待て待て待てーーーーー!!」
 

こいつの思考回路どうなってんだ!!
何でオレが鯉菜を襲ったみてぇになってんだよ!!
ふざけんなよ!! 
こっちはどれだけツライ想いで治療してたと思ってんだ!! このシスコン野郎がっ!!


『…ごめんリクオ…しくじっちゃった…』


一方、鯉菜は熱や毒で頭がぼんやりとしているのだろう。ゆっくりと体を起こしてリクオに簡単に説明をしたが…何をどう解釈したのか、その言葉にリクオは尚更困惑して激怒する。


「しくじったって…何をしくじったらそうなるんだ!? 姉貴はそんなМじゃなかっただろ!!」

「ちょっと待てリクオ。
お前やっぱり誤解してやがるぞ。」

「誤解だと…?」


何故かオレが鯉菜を無理矢理襲っていると勘違いしているリクオに、本当のことを最初から説明した。何というか…姉弟そろってなんて世話のかかる奴等なんだ。


「…なるほどな。
つまり姉貴を鴆は治療してたんだな?」

「あぁ、そうだ。」


ようやく誤解が解け、ちらっと布団の方を見ればスースーと眠る鯉菜。
ちなみにリクオはオレと鯉菜の会話を聞いて誤解してたらしい…確かにいつもじゃ考えられないような色っぽい声出してたしな。


「それじゃ、邪魔したな」

「気にすんな。それと起きたらこの薬を飲むように言っとけ。念のための痛み止めだ。」


去ろうとするリクオに薬を渡せば、それを受け取り、鯉菜を横抱きにするリクオ。
そしてそのまま去っていく。


「…ぶはぁー……疲れたぜ…」


シンとなる部屋に、色んな意味で緊張状態にあった体からどっと力が抜ける。
…あいつのあんな姿、医者であるオレだからこそ見れる訳であって、他の奴らは滅多に見れねぇものだ。そう思うと少し頬が自然と緩む。


「にしても…二代目だけじゃなくてリクオも要注意だな。」






ーーーーーーーーーーーー
すいません…!!
鴆に色気全開で迫ってもらうリクでしたのに、書き終わってから夢主の色気に鴆がやられていることに気付きました…!!
鴆が色気全開で迫るネタが思いつけば…また書き直します…!




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