▽ 悪夢C 絶望(鯉伴side)
突如現れた、乙女にそっくりな娘。
乙女に似た少女に刺されそうになったところを間一髪で鯉菜に助けられたが、その鯉菜は胸を押さえて苦しそうにしている。
だが、ピタッと苦しみの声が止んだかと思うとー
『“コロセ”』
「…おねぇ、ちゃん…?」
近付いてくるリクオに対して、あろうことか殺気を向けた。弟に殺気を向けていることが信じられずに目を疑ったが…
「…………」
カチャ
『…………ジャマモノハ』
乙女に似た少女がボロボロの刀を鯉菜に渡し、その刀を鯉菜は構えたのだ。
そこからは一瞬だった。
『コロス…』
「!
危ねぇリクオ!!」
地面を蹴り、リクオとの距離をあっという間につめた鯉菜が刀をふりあげる。
何も考えられなかった。
ただただ、体が勝手に動いていた。
ザシュッ
「っ……!」
「おと…さん…?」
リクオを抱き締めるように庇えば、背中に走る痛み。凪ぎ払うような太刀筋とその高さの位置に、リクオの首を跳ねようとしていたのを嫌でも理解してしまった。
「姉が弟に刃を向けるなんざ…心中穏やかじゃないねぇ」
『…ジャマシナイデ』
リクオを右手に抱き抱え、鯉菜と対峙すれば直ぐ様攻撃してきた。次はオレの心臓が狙いのようだ。
刀で弾き飛ばすか、否、弾き飛ばしたところでまた新しい刀が出てくるかもしれない。あの刀も最初はなかった筈なのだから。
仕方ねぇ…
ドスッ
「…ぐっ…!
…いくらお前さんでも、まだまだオレには勝てねぇぞ? ゲホッ」
『………ヌケナイ…』
軌道をずらし、左肩へと貫いた刀を握り締める。
肩からも、抜けないように刃を握る手からも流れ出るオレの血は、刀を抜こうと押したり引いたりする鯉菜の手へと伝う。
さて、どうしたものかと思っていればー
「ああ…あぁ…あ…鯉伴…さま?」
乙女に似た少女が、声を震わせてこっちを見ている。さっきまで「お父様」と呼んでいた姿はまるで本当の娘のようだったのに、「鯉伴さま」と呼ぶそ姿はまるでー
「あああああぁぁぁあぁぁああ!!!
いや…いや…鯉伴様ァァァァァ」
「……おと、め…?」
「ひっひっひっひっ
そうじゃ悔やめ女!
自ら愛した男を刺したんじゃぞ?
できなかった偽りの子のふりをしてな!
しかも本当の娘にも刀を渡してなぁ!
あっひゃっひゃっひゃああ」
「…おい。そりゃどういうことか…
詳しく教えてくんねぇかぃ?」
どこからか現れたソイツの話が本当ならば、あの少女は山吹乙女ということになってしまう。
だが、乙女は死んだ筈だ…
どういうことなのかを考えていると、
『……お父、さん……?』
「! 鯉菜!?」
ハッとしたようにこちらを見た鯉菜だったが、その目は大きく見開かれ、その顔は絶望の色に染まっていく。
『ぁ……私、…私……!』
「…鯉菜、落ち着け。オレぁ大丈夫だ。」
オレの血がついた小さなその両手を見て、鯉菜は過呼吸のように息が荒くなっている。遂には座り込み、血にぬれたその手で顔をおおってブツブツと何かを呟いている。
一刻も早く抱き締めてやりたいが…
「そうじゃ…妾は“まちかねた”のじゃ。
よくやった、これで宿願は復活だ。」
「てめぇ…誰だ?」
乙女の姿をした少女の雰囲気がガラリと変わる。
ただ者ならぬ畏れに、空気が一気に重くなった。
「なんじゃ、孫もおったのか。子供を成せん呪いをかけたはずじゃが…そうか、人間と交わったのか。どこまでも憎たらしい血め。」
「羽衣狐様!
今やつは先程の怪我で弱っております…
このまま孫もろとも殺してしまいましょう!」
羽衣狐だと!?
まずい、リクオもいるし、鯉菜だってこんな状態だ。負傷してるオレが2人を守りながらってのは、流石に不利がある。
「(何とかしてリクオと鯉菜だけでも…)」
『それは止した方がよろしいかと』
「なに?」
「鯉菜…?」
先程の状態が嘘のように、
凛として立って羽衣狐を真っ直ぐと見る。
…嫌な予感がする。
「何故そう思うのじゃ?
父と弟を逃したい一心で嘘を言うても無駄じゃぞ、お主含めて…」
『いいえ、彼等のためではございません。
勿論、私のことでも。あなた様を思っての御言葉です。』
「は、羽衣狐様!
耳を傾けてはなりません! ただの戯れ言で…」
『戯れ言だとお思いになれば、それはそれで構いません。私共を煮るなり焼くなりしてください。
…どうです? お話だけでも。』
「良かろう、妾は今気分がいい。話せ。」
元々大人びていたが、本当に大人のような口ぶりで話す鯉菜は、まるで知らない人のようだった。
そんな様子に戸惑いながらも…
どうこの場を逃れようか考える一方、怪しい動きを少しでもしようものなら襲いかかるだろう妖怪が辺りに沢山いる。否、いるというよりも、囲まれているのだ。
『では、僭越ながら申し上げます。
先程から鴉がざわめいているのを御気づきでしょうか? 浮世絵町にある鴉は優秀でして、異変があれば鴉天狗に連絡をするよう躾されております。』
「ほぅ、つまり…味方がもうすぐ来ると?」
『えぇ。勿論、大将が負傷している今、奴良組を潰すことは容易いことであるのに変わりないかもしれませんが…
もっと辛い状況に追い込んで、絶望の中、ぬらりひょんを根絶やしにする方が面白そうじゃあございませんか?』
「ふん…確かに今ぬらりひょんを根絶やしにするのは容易だが、つまらぬ。妾が味わった怒りや憎しみを同じように、否、倍にして返してやらんとな。
…例えば、成長した娘がいつか弟も父も、家族皆を殺す、とかのぅ?」
「なっ! 黙って聞いてりゃ……
そんなことさせるわけ…!!」
『流石、羽衣狐様にございます。
最高の余興になりそうですね。』
「鯉菜っ!!!」
名前を呼んでもこちらを見ることをしない。
無理矢理鯉菜を連れて去るか…!?
だがオレが一歩でも動けば、周りの奴等は攻撃してくる。オレが殺られたら、誰がリクオをまもるんだ…!!
「フッ……家族思いの娘じゃのう?
余命伸ばしてあげるとは、愛いやつじゃ。」
「待て! 鯉菜は関係ねぇだろ!!
殺るならオレを殺れ!」
「ならん。呪うなら自分らを呪うがよい。
妾の宿願を毎度毎度邪魔しおって…!」
「羽衣狐様…娘の言ってたように、敵が集まってきております。」
「では行くぞ、鯉菜。
良き余興を楽しみにしておるぞ。」
『はい、羽衣狐様』
「待てっ! 鯉菜!!」
羽衣狐を筆頭にぞろぞろと去っていく妖。
その中にはさっきまで一緒だった筈の鯉菜がいるわけで…
『 』
血が流れすぎたせいか、視界が霞む。
ぼんやりとしか見えなかったが、最後に振り返った鯉菜の顔は困ったように笑っていて…
「馬鹿野郎……!!
何で……お前が……!」
「2代目ー!!」
「いた!! あそこだ!!
リクオ様も無事だー!!」
「鯉菜様はどこに!?」
「探せ! まだ遠くには行ってない筈だ!!」
聞こえてきた首無達の声に、取り敢えずこれでリクオは安心だとホッとした束の間…
「2代目!!
しっかりしてくださいっ!!」
オレは意識を失った。
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