▽ 悪夢B 空っぽ
「“七重八重 花は咲けども 山吹の 実のひとつだに なきぞ悲しき”
あのあと…山吹の花言葉を何度も調べちまったっけ」
あと…あともう少しで着く…!
『…父さ…っ!』
「“気品”“崇高”…そして“待ちかねる”…」
様子のおかしい山吹に、お父さんは気付かない。遅れを取らないように、走る足を止めず、そのまま木刀を抜いた。
「まるで…オレ達の娘みてぇだ…」
その言葉と、山吹乙女の持っていた花が刀に変わったのは…同時だった。
『お父さん! 退いて!』
「…鯉菜?」
ガン!
山吹の持つボロボロの刀の切っ先を、木刀で思い切り下から打ち払う。助走をつけて思い切り力を込めた甲斐があったのだろう…その刀はお父さんを突き抜けることなく、上へ上がった。
しかしー
ズパッ
「ぐっ…」
『お父さんっ!?』
「大丈夫だ…! 掠り傷程度だ。」
『(良かった……!)』
聞こえてきた呻き声と僅かに香る血の臭いに、駄目だったのかと思い慌てて見れば、何とか無事な様子な鯉伴。死なせずに済んだと心から安心したところで、それは来た。
ドクン
『……ぁぐっ!!』
「!?
鯉菜! どうした!?」
心臓が捕まれるような痛みが襲いかかる。
しかも今までの痛みと比べて力強く、一瞬では治まらなかった。
そしてー
“殺せ”
『ーッ』
“邪魔者を”
『(この声…!)』
“殺せ”
「お父さあぁん! お姉ちゃあぁん!」
“コろセ!”
『(邪魔……モノを……)』
“コロセ!!”
「リクオ!?
こっち来るなリクオぉぉ!! 」
“ジャマモノヲ”
『“コロセ”』
アタマの中に鳴り響く声は、地獄で何度も聞いた声だった。そして何度目か分からないその声に、私は確かに“空っぽ”になったのだった。
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