▽ トリップ
『パパ上やい。
池のところに何やらリクオが疲れた顔で佇んでいるよ。』
「ん? …本当だ、よし、パパ上に任せな。」
とある土曜日。
1週間分の疲れを癒す素晴らしき休日に、お困り顔のリクオを発見した。お父さんに報告したのはほんの気紛れ…ただお父さんがそばにいたからだ。
それがまさか、ねぇ。
「リクオ〜ぅ」
「父さん…? なにかあっ…」
「うぇぃ」
「うわあっ!??」
『…おいこら何やってんだバカ野郎。』
リクオの後ろから近づき、ゲシッとひと蹴り。
重力に逆らえず、リクオは池の中に勢いよく落ちてしまった。元気なさそうって言ったのに…普通こんなことするか?
『何を血迷った?』
「元気出るかなと」
『元気が出るどころかぶちギレるだろ普通。』
まるで池の中に蹴り落としたのが正解だと言わんばかりの顔。そんな表情を浮かべるお父さんに呆れながらも、池に向かってリクオに呼び掛けた。
…しかし、なかなか出てこない。
ブクブクと水面に泡が出ているから、きっとリクオは水中にいるはず。それでも出てこないのは何故だろうか。
『…悪戯か、溺れてるか。』
「アイツ泳げるだろ。それにこの池はそんな深くねぇぞ。」
『それにしては上がってこないね…』
「『…………』」
飛び出したのは多分同時だったと思う。
冷たい水が体全体を襲って…
手を捕まれる感覚に目を開けたら、それはリクオとお父さんで…
「「『!』」」
2人が真面目な顔をしてることから、何か異変が起きているのは直ぐに分かった。でも、対処したり思考する暇は少しもなく、私達は謎の光に突如包まれた。
そしてー…
『…ぶはっ!』
「ぐえっ」
「げほっ ごほっ!!
い、一体何が起きて…」
『あー…溺れ死ぬかと思った…
つーかここどこ?』
「和室…何だか高級そうな掛け軸とかあるけど…」
「それよりお前らはいつまでオレを踏み潰すつもりなんだぃ?」
お父さんを下敷きに、今いるところを確認する。リクオの言う通り、高そうな飾り物があるし、何だかお金持ちの家の和室にいる気分だ。
取り敢えずは様子見。
誰の住み処で、私達の身に一体何が起きているのかが分からない以上、下手に動くのは良くない。そんなわけで3人でここで時間を潰していたところ…
「ん? 誰じゃお前ら。」
『「「!?」」』
突然現れた男に、私達はいとも簡単に見つかってしまった。明鏡止水を使ってたため、そう簡単に見つかるはずないのだが…
いや、待てよ。この男…
『「おじいちゃん/親父…?」』
「え…えええっ!?? これおじいちゃんなの!?」
「待て。わしは親父でもおじいちゃんでもねぇぞ! それにお前ら何だ? 何で半妖がこんなところにいるんじゃ。」
驚いたことに、目の前にいるこの男はおじいちゃんだったのだ。それも若い頃の。
そして私達は察した…
よく分からないけど、私達は過去に遡って、昔のおじいちゃんに会っているのだと。
そして私達は明かした…
自分達がおじいちゃんの子と孫であることを。本当は言うべきではないのかもしれないが、いかんせん、彼はしつこく私達を問い詰めてきたのだ。
「ほぅ〜…つまり、お前らはわしと珱姫との子供なんじゃな!?」
『別に珱姫だとは言ってない。』
「何を言うておる! わしは珱姫に惚れとる。今はまだ早いが、そのうち夫婦になるつもりじゃ!」
「へぇー。まぁ、仮に親父がその女性と結ばれるとして…親父は今珱姫とどこまで行ったんだぃ?」
「…親父と呼ばれると変な気分がするのぅ。
まぁいい、珱姫にはまだわしの気持ちは伝えておらん。今夜か明日くらい…1度組に連れて帰るつもりじゃがな。」
「だ、大丈夫なの!? そんなことして…」
「はっはっ! 大丈夫じゃろ!!
ちゃあんと、隠していくわい。」
お父さんとリクオが興味津々に情報を引き出すのを良いことに、私は記憶にある情報とそれを組み合わせていた。
多分、羽衣狐との戦いはまだ終わってない。
むしろその直前と言えるかもしれない…
話を聞いていれば、今夜か明晩くらいに珱姫がぬら組に連れていかれるような気がする。
『…ちなみに珱姫はどこに?』
「…ふむ。流石はわしと珱姫の孫じゃ!
美人ながら可愛いときた!!」
『聞けよ人の話』
顎に手を当てて、こちらを品定めするかのようにジロジロと見てくる目。本来ならばその目に人差し指と中指をぶっ指してたいところだが…我慢だ我慢。私達は彼に親近感があろうとも、彼からすれば初対面にしか過ぎないのだから。
かと言って、苛立たしさが消えるわけではないので舌打ちを1つ。
思ってたより大きな音が出てしまったことに内心焦ったが、運良くそれは新たな登場人物によってかきけされた。
「…えぇっ!?? あやかし様!?」
「おぅ、珱姫、邪魔してるぞ!」
「わぁ…!
(この人がおばあちゃん…!? キレイな人…)」
「おぉ…若ぇな」
『可愛い…』
スッと開かれた戸から出てきたのは珱姫で、ぬらりひょんだけでなく私達がいることに目を丸々とさせている。
だがそれも本の僅かな間だけ。
「あのっ…貴女方は?」
「珱姫!! こやつらはわしらの…、」
「? はい…」
戸惑いつつも聞く珱姫に、ぬらりひょんは意気揚々とその問いに答えた。
…いや、答えようとした。
何故かは分からないが、彼は一旦口を閉ざし…
「わしの…同族じゃ!!」
「同族…ですか?」
「そうじゃ! こやつらもわしと同じぬらりひょん…まぁ、平たく言やぁ弟子みたいなもんじゃな。」
「「『………』」」
何でそんな嘘をはいたのか。
見栄をはるためか、それとも未来のことを話さないようにするためか。理由は分からないが、喉まで出かかった文句を私達は呑み込んだ。きっと何かしらの考えがあってのことだろうし。
それにしても…
『う〜ん…可愛いなぁ…』
「姉さんより何倍も可愛いね。」
『え、私も可愛いでしょ。何言ってんの?』
「自分で言うところが残念すぎてもう……」
「お前さんもあんな風に女の子っぽくすりゃあ可愛いものを…」
『いやいやいや、私だって可愛いでしょ!?
あれ、もしかして私って自分が思ってるほど可愛いくないのに勝手に勘違いしてるイタイやつ!?』
「イタイ奴なのは変わりはねぇ。だが…」
「姉さんは可愛いっていうよりも美人なんだよ! イタイのはその通りだけど!」
珱姫と私を目比べて、人を哀れむように見てくるこの二人の眼球はどうしてやろうか。
そんなことを考えていたら、あら不思議!!
「貴様ら…
わしの可愛い可愛い孫娘に何を言うとるか!!」
「ぐえっ!!」
「うわぁっ!?」
ドボン!!
『お、おぉっ……』
お父さんは飛び蹴り、リクオは首根っこを捕まれて庭先へ放り投げ出されてしまった。しかも庭にある池へキレイにゴールイン。小さな噴水が2つあがったぜ、ワンダフル!!
「気にすんじゃねーぞ、お前は可愛い! 自分に自信を持て!! なんたってわしの孫なんじゃからな!!」
『あ、ありがとう…?』
「……あやかし様の、孫?」
「おぅ! この娘はわしの孫……あ"。」
『(…あーあ。)』
驚きの事実に固まっている珱姫、そして、しまったという顔で固まるぬらりひょん。これは…幸先あやしいぞ。
そして私のその感は見事に当たることとなる。
「……へぇ、あやかし様にはもう奥方がおられたのですね。」
「ち、違うぞ珱姫! わしには……」
「あぁ、それで先ほど"弟子"だと嘘を仰ったのですね。」
「いや、その、確かに弟子というのは嘘じゃ! すまん! それに確かにこの娘はわしの孫だが、お前の孫でもあるんじゃぞ!?」
「今度はどんな嘘を言うのかと思いきや…私を馬鹿にしているのですか!?」
『(……これは止めるべき、なのか…?)』
どうしよう。嫌悪なムードが徐々に強まるこの場から一刻も早く抜け出したい。止めようにも口を挟むタイミングがないし、それに……
『(何であの二人は出てこないんだぁぁ!!?)』
池に投げ出された筈のバカ親子があがってこない。これはもしかしなくても…
私を置いて現代に帰ったのでは!?
『だとしたら許すまじ。私を放置プレイとは。』
勢いよく立ち上がれば、口論をしていた珱姫達がこちらを見た。未来が変わる可能性があるから、あまりこういうことは言うべきではないのかもしれないけれど…
『ごめん、私もう帰らなきゃ!
またね、おじいちゃん、おばあちゃん!!』
「なにっ!? もう帰るのか!?」
「……お、おばあちゃん…?」
ニコッと笑って、引き留められないうちに庭の池へダイブ。しばらくしたら、行きの時と同じように、眩い光に包み込まれた。
そしてー
『ぶはぁっ!!』
「あ! 戻ってきたよ、父さん!!」
「本当か! ったく…遅いから戻ってこないのかと思って心配したぜ?」
光から解き放たれるようにして池から顔を出せば、リクオが待ってましたと言わんばかりに出迎えてくれた。どうやら大分時間が経っていたようだ。
そんなこんなで、私達は何とも不思議なトリップを体験したのだが…
一方、
「おばあちゃん…私が、おばあちゃん……」
「よ、珱姫! しっかりしろ!
おばあちゃんってのは老けてるって意味で言ったんじゃねぇ。わしらの孫ってことで、」
「だから…
私達に子供はいないじゃないですかぁ!!」
「だからそれは未来のことじゃと…」
「はぁ…私そんなに老けて見えるのかしら…」
「(ぜ、全然聞いとらせん…!!)」
自分がお婆さんに見えているのだと勘違いをし落ち込む珱姫と、何とか誤解を解こうにも解けずに苦しむ若きぬらりひょんの姿があった。
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