▽ 応えられない想い(イタク→夢主side)
『…あれ、イタクじゃん。
いらっしゃい。』
「あぁ。…リクオは?」
『リクオなら今大学に行ってるよ』
「そうか。」
今まで買い物にでも行っていたのだろうソイツは、鞄を置き、袋から花を取り出す。黄色の雌しべや雄しべを中心に紫色の花びらを咲かせるその花は、どうやらシオンという花のようだ。
そしてその花を手に、鯉菜は庭先へと向かう。
『……良い天気。』
「…今日が命日なのか?」
『まぁ…そんな感じ。
お花は直ぐには枯れないでしょう? だから、お花を供えるのは月命日にしてるのよ。今回はシオンっていう花にしてみたんだ、可愛いでしょ?』
「………」
花を供え、掌を合わせて祈る鯉菜は…
いったいいつまでその男の事を想い続けるのだろうか。
ガサリ…
「(…シオンの花言葉…?)」
慣れた手つきでテキパキと線香をたくその後ろ姿を見ていたら、ふいに買い物袋がオレの手を撫でた。きっと風に吹かれたのだろうその中には、シオンという花についての説明書きがあった。
【花言葉: 君を忘れない】
たったその一言が、重く、オレの胸にのし掛かる。アイツがあの男を信頼してたのは知っているし、その事で苦しんでいることも知っている。
だが…
「…ふざけんなよ」
『…、イタク?』
両手を合わせて目を瞑る鯉菜を、後ろから抱き締めた。驚きからか、鯉菜の身体が一瞬だけ跳ね、固まる。
「いい加減にしろよ…
いつまで過去に縛られてんだよお前は。」
『…別に、縛られてるわけじゃ…』
「縛られてんじゃねぇか。あれから何年経ったと思ってやがる。」
最近ではようやく笑顔が戻ってきた。
それでもその笑顔は、オレが見たかった以前の笑顔とは違う。オレが見たいのは、そんな取り繕ったような笑顔じゃねぇ。
「そんなにあの男が良かったかよ。」
『…イタク、やめて。』
「いくらお前があの男を想い続けようが、アイツは帰ってきやしねぇよ。」
『イタク』
「忘れろとは言わねぇが、いつまでも死んだ野郎のことなんか追い求めてんじゃねぇよ。オレは…」
『イタク! …もう、やめよう。
お願いだから…』
振りほどかれたこの腕を、オレは何処にやればいい?
困らせたいわけじゃない。
むしろ、お前を苦しみから解放したい。
そしてその役目はオレでありたいだけなんだ。
『…イタクの気持ちはとても嬉しいよ、ありがとう。でもその気持ちには応えられないの、ごめんね。』
「…何でだよ」
決して自惚れているわけではないが、きっとオレ達は互いに互いを想いあっている。
なのに、何故コイツはいつまで経っても前に進もうとしないのか。いくらオレが手を差し伸べようと、この女はその手を取ろうとしてくれない。
「忘れたくねぇなら忘れなくていい。オレが一緒にお前の苦しみを背負ってやる。だから…」
『駄目だよイタク。
あれは私がやった罪で、私の業なの。
彼を殺したことを後悔はしていないけれど、あれが正しかったとは今でも思えない。だから許せないのよ…自分のことが。ただの独り善がりで自己満かもしれないけれど、それでも私は私を苦しめないと気が済まないわけ。そこにイタクを巻き込みたくはないから…、ごめん。』
なんと言おうとも、結果は変わらない。
忘れろと言っても忘れず、鯉菜の悲しみに寄り添おうにもそれも許されず…
「…チッ 本当面倒くせぇ奴。」
『はぁ? そっちのが面倒くせぇわ、バーカ。』
「バカっつった方がバカなんだっての。」
鯉菜の想いを知りつつも、オレもまた、その想いを簡単には受け入れられないのだ。
「…ふざけんなよ」
小さく呟かれたその言葉は、意外にも真後ろで聞こえた。どうしたのと振り向こうとするも、後ろから急に抱き締められて身動きがとれない。
「そんなにあの男が良かったかよ。」
"あの男"とはきっと、坂本先生のことだ。
何処か切ない声色に、私の脳が危険信号を鳴らす。第一、坂本先生のお墓の前でこんなことをするのはやめて欲しい…
否、わざとかもしれない。
「いくらお前があの男を想い続けようが、アイツは帰ってきやしねぇよ。」
わざと、意地悪なことを言う。もしかしたら本心なのかもしれないけれど、それをこの場で、わざと言っている。
"オレを見ろ"
"オレのことを想え"
そんな気持ちが痛いほどに伝わってくる。
そしてもし…ここでイタクの手を取れば、私はきっと幸せに笑うのだろう。イタクと一緒にいることが楽しくて、笑って、幸せな気持ちになって…
そして、
『(きっと坂本先生のこと…)』
少しずつ、少しずつ。
傷口にできた瘡蓋がきれいに跡形もなくなるように。
『(思い出すことも減って、いつしか忘れてしまうのだろう…)』
"時"が最大の治療薬ともいうけれど、私はこの傷を治したくないのだ。坂本先生はきっとそんなこと望んでいないけれど…それでも私は、
『ただの独り善がりで自己満かもしれないけれど、それでも私は私を苦しめないと気が済まないわけ。』
「……」
『そして、そこにイタクを巻き込みたくはないから…』
あなたは私の苦しみに寄り添うと言うけれど、
私はあなたにこの苦しみを背負わせたくない。
『…ごめん。』
愛しているから。
『でも、ありがとう…』
きっと私は自らを悩み苦しませ続ける。
そして、いついかなる時も…私の頭にはきっと坂本先生がいる。
するとあなたは苦しむでしょう。
イタクがいながらも、他の男を考える私のせいで。
"嫉妬"
もしここであなたの手を取れば、あなたは嫉妬する自分を戒める。私の苦しみに寄り添うという約束をしたからこそ、きっと、嫉妬心を抑えて私を責めることをしない。
優しくて、大好きなあなたを…
私はこれ以上、苦しめたくないから。
「…チッ 本当面倒くせぇ奴。」
そして、私はまた甘えてしまうのだ。
『はぁ? そっちのが面倒くせぇわ、バーカ。』
本来なら、あなたの優しさに甘えずに、あなたとの縁を切るのが真の優しさなのかもしれない…。それなのに私はそれすらもできずに、あなたの優しさに甘えて、いつも通りのふたりを装うのだ。
『(最低だな…私は。)』
「バカっつった方がバカなんだっての。」
『あ、今イタク言った〜』
「今のは関係ねぇんだよ。」
どうか、現れて欲しい…。
イタクを幸せにできる人が、一刻も早く。
イタクを傷付けたくない、それでも、イタクとの縁を切りたくない。そんな自分勝手なことを言う馬鹿な私のせいで、傷付いているイタクをどうか癒してあげて欲しい…
私からどうか彼を、解放してあげて欲しい。
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