▽ 素直になれないから賭け事を(イタクside)
『あははっ!
そりゃあ冷麗に逆らえなくなるわ!』
「流石に海のど真ん中で目が覚めた時には誰だって死ぬって思うべ…」
あぁ、おかしい。
そう言いながら…目の前にいるコイツは人差し指で目に浮かんだ涙を拭う。そのゆったりとした動作と潤んだ瞳に、ドクリと己の血が騒いだのが分かった。
…本当はもう、分かっている。
きっと、ずっと前から好きだったんだ。
それでも…あの日、あの時、ようやく自分の気持ちに気が付いた。あのきっかけがなければ、オレは未だに自分の気持ちに気づくことができなかっただろう。(番外編:「呪われたアイツ」参照)
『イタク?』
「あ?」
『どうかしたの、黙りしちゃって。
お煎餅食べる? あ〜ん…』
「……」
悪戯っ子のような笑みを浮かべて…オレに煎餅を突き付けてくるコイツが気に食わない。上手く言える気がしねぇが、男として見られてない気がする。
そして、そんな小せぇ事に苛立つ自分にも腹が立つし…
「…ん。」
『おぉ…食べた!
イタクが今日は素直だ、どうした!?』
「るせぇよ。」
何だかんだ言いつつも、コイツの言う通りにするオレ自身にも腹が立つんだ。だが、そんな小さぇ苛立ちも、コイツのこの笑顔を見てれば自然とおさまってくる…
「…まるで魔法みてぇだな。」
『え、イタクの口から魔法って単語が出るとは…超意外なんですけど。もしかしてバリポタ観た?
ウィンガーディアム…』
「何だそれ」
『まだ詠唱途中なんだけど。』
煎餅を食べつつも、ツッコミすることは忘れない。つぅかコイツはどんだけ煎餅を食べるんだ。客であるオレに煎餅を出しておきながら、コイツがほとんど全部食ってるじゃねぇか。
「おい、お前食い意地張りすぎだろ。」
『あら、沢山食べる女の子はお嫌い?』
「…大食いな女はあんま好きでねぇが、お前なら別にいい。」
『はぁ…、ご許可ありがとうございます?』
「…………」
冷麗やリクオが言ってた通りだ。
コイツは自己評価が変なところで低い分、攻めるなら正攻法しかねぇ。
「お前、前に言ってたよな。」
『ん?』
「自分より弱い男は嫌だって。」
『あぁ…うん。そうだね。』
「今からオレと勝負しろ。」
『え、私死ぬじゃん。』
立ち上がったオレを、目を真ん丸にしたコイツが見上げてくる。その顔は驚愕と困惑の色に染まっていて…
自分の色に染め上げたい
柄にもなく、そんなことを思ってしまった。
…やっぱり、コイツといると調子が狂う。
だが、今日はいつもの仕返しだ。
「安心しろ、別に捕って食いやしねぇよ。」
『当たり前でしょ!?』
「だが、オレが勝ったら…」
獲物を持ち、庭で向き合うオレ達に。
毎度お決まり、"始まるぞ" "頑張れお嬢" "どっちが勝つか賭けようぜ"などと様々な声が飛びかよう。
いつもと違うのは、鯉菜がどこか不安そうな顔をして、オレの次の言葉を待っているところだ。
『…ちょっと! いつまで黙って、』
「オレが勝ったら…
お前の初めては、オレが貰う。」
『………は?』
「行くぞ」
『えっ!? ちょ、はぁああっ!??』
行け行けと騒ぐ外野の声に、鯉菜の制止の声はかき消される。しかも「勝った方には勝利の宴だ」と、これまた既に飲み騒ぎしてる奴等が沢山いるために、鯉菜が顔を真っ赤にしていることにも誰も気が付いていない。
『ちょっ、ほんと、タンマ!!』
「バッカでねーの、誰がやるかよ!」
落ち着けと、オレに静止するよう呼び掛ける鯉菜だが…生憎オレは落ち着いている。ただ、もう待つことを止めただけだ。
『くっ…こんの…!!』
「フンッ… ようやく諦めたか。」
庭中を逃げ走り回っていた鯉菜が足を止め、振り返る。どうやら覚悟を決めたようだ。ならば、オレもオレのために、全力を出そうと思う。
【ながーいおまけ】
『(ちょっ、"初めて"って何!?
裏要素の初めて!? それとも他の初めて!?
てゆうか他の初めてって何!?)』
「へぇ…考え事とは余裕だな。」
『誰のせいだと思ってんの!!』
顔を真っ赤にしながらも、オレの鎌を弾く鯉菜。だが、冷静さを失った今のアイツが、オレの6本の鎌を冷静に防げる筈もないことをオレは知っている。
なにより、アイツの癖をオレは知っている。
ザクッ ザクザクッ
『…ッ!』
「…勝負あったな。」
逃げたり避ける時には、必ずと言っていい程に、コイツは高いところに逃げる。オレの戦い方を考えれば、高いところに逃げるなど自殺行為みたいなものなのに。そんな簡単なことすら忘れている程に、コイツは今、戸惑っているのだ。
「背には木の幹、足場もなく、左右上下には6本の鎌…」
『…ハハッ 逃げられないねぇ…』
「それはどうだろうな。オレはお前の逃げ場を奪うために6本の鎌全てを使った。手元には何もねぇ。」
『………』
「逃げるなら、今しかねぇぞ。」
逃げられたら、諦めよう。
逆に、逃げないということは、オレを受け入れるということ。
下を向いている鯉菜が今どんな顔をしているのかは分からないが…それでも、ゆっくりと歩を進めて距離を縮めた。
『…卑怯だなぁ、そのやり方…』
「あ? 何でだよ。選択肢やってんだから親切だろぉが。」
『イタクって時々意地悪だよね。
恥ずかしくて今すぐにでも逃げ出したいのに…今は、私にとって、逃げたら駄目な時だもん。
…いっそのこと、選択肢なんかくれなくても良かったのに。』
顔を真っ赤にしながら呟かれたその言葉は、つまりはそういう意味で…
『ところで…
私の初めてを貰うって…その、…』
「前世のことも含め、夫婦になんのも、家族をつくって幸せな家庭を築くのも…まだしたことねぇんだろ?」
『まぁ…そうだね、学生にして死んだから。』
「だから、それを共にする人生の伴侶はオレがなるってことだよ…文句あんのか。」
『いや…むしろ凄い納得した。
急にイタクがエロチックになったのかと思って…めっちゃ焦ってたわ。』
「はぁ…?
……ぁ、(そういうことか)…まぁ、あながち間違っちゃあいねぇか。」
『えっ』
「…悪ぃ、何でもねぇ、忘れろ。」
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