この手に掴んだ幸せを(短編) | ナノ

▽ 機尋(はたひろ)

「そんで、ここにX=3を代入すると…」

『……』


うとうと。
本日は晴天なり。ポカポカと気持ちのいい日光が、私を現実と夢の世界を行き来させる。降りてくる瞼と戦うこと数十回目…そろそろ敗けそうだ。もういっそのこと諦めようかと思ったその時、教壇に立つ坂本先生と目が合った。
あぁ…めっちゃいい笑顔、嫌な予感。


「はい、じゃあこの問題の続きを奴良姉〜
眠気覚ましに解いてみようか!」

『えぇ…眠気冷めないし。
…ん?』

「きゃ…きゃあああああ!!!」

「なんだ!? 停電か!?」

「ばか! 停電だとしてもまだ昼なんだからこんなに暗くなんないわよ!」

「おーい、お前ら落ち着け! ただの世界の終焉だ!!」

「「「いやあああ!!」」」

『なに火に油注いでんですか…』


皆が騒ぎ始めたのも無理はない、突如真っ暗になったのだ。おかしいのは電気が消えただけで、明るかった外まで真っ暗になったこと。窓の外に暗幕がついているのかのように、この教室は闇に包まれたのだ。


「廊下はどうなんだ!?」

「…だめだ! 廊下も暗ぇ!!」


教室も暗い、廊下も暗い、そして何より外も暗い…
これはもう黒だな。


「ほらほら、お前ら落ち着けって。
スマホの明かりをつけりゃ怖くねぇだ…
ちょい待ち? 奴良お嬢様はこの闇に乗じていったい何処にお行きになるのでしょうか?」

『世界の終焉を終わらせる旅に出てきます。』

「嘘つけ、お前この問題分から…
おいー!! せめて人の話を最後まで聞いてから行けよ!!」


きゃあきゃあ騒ぐクラスメイトとぎゃあぎゃあ叫ぶ坂本先生を置いて教室を出る。
取り敢えず屋上に向かおうかな…氷麗達に会えるかもしれないし、彼女らなら何かしらの事情を知っているかもしれない。
そんなわけで階段を昇ろうとすれば、なんとナイスタイミング!


「「鯉菜様!」」

『お、氷麗に首無じゃん。てゆうか青は?』

「青は仲間を助けに行くということなので、オレが今日は途中交代で来たんです。」

「それより、敵襲ですよ! 鯉菜様!!」

『やっぱり妖怪の仕業か〜…どうしたもんか。』

「あれ!? みんな!!」

「「リクオ様!!」」

『リクオ、敵襲だとさ。どうする?』


合流しようという考えはどうやら皆一緒だったらしい。
取り敢えず全員揃ったんだ。
何をするかは一目瞭然だけど、ここはやはり大将に指示を仰ごうじゃないか。


「よし、さっさと敵を見つけて倒そう!」

「「はい!!」」

『ラジャ』


敵は誰で、何処にいて、何の妖怪なのか。
何も分からないまま、向かう先もなくただ走り続けた。突然の異常現象にどこの階もザワザワしている、でも…おかしい。


「きゃあああ!!」

「今度はあっちから悲鳴ですよ!!」

「うわあああ!??」

「向こうも…、オレは向こうを見てきます!!」

「二人とも気を付けて!
…姉ちゃん、これ…」

『…うん、敵は一人じゃない。複数いる。』


ザワザワとした声に、時折雑ざる悲鳴の音。
あちこちで聞こえるその声に、仕方なく別行動を取る。氷麗と首無、そして私とリクオは夜の姿に変化して、悲鳴の元を追った。そして見つけるのはいつも蛇で、何度ソレを倒したかは分からない。
けれどー


「鯉菜様! リクオ様!」

「おぅ…お前らも気付いたか。」

「はい。一匹倒しても、また次のが…」

『敵は複数人かと思ってたけど…やられたね。敵は最初から一人だったんだ。』


分裂か、複製か、幻覚か…
いずれにせよ、複数に見えた敵は本当はただ一人だったんだ。つまり、そいつを倒しさえすればいいのだ。


「…そうか…
お前ら、行くぞ!!」

『え? 敵の居場所分かったの?』

「あぁ…よく考えりゃあ外が暗くなんのはおかしい。しかもただ暗くなってるだけじゃねぇ、外の景色が全く見えなくなってる。」

『…あ、本当だ。家も信号も何も見えない。』

「ということは…ここは包囲されてる…!」


お互いに顔を見合わせて頷く。やはり向かう先はただ一つ、外だろう。そんなわけで外に移動したわけだが、敵の姿は見当たらない。


「何処にいるんだ…?」

『…? よく見たらなんか…線が見えない?』

「線ですか?
…あぁ、確かに!」


本来なら町並みや青い空が見える筈なのに、今では黒一式で染まっているその空間には僅かに線が入っていた。しかも1本だけじゃなく、何本もだ。
そして次の瞬間、その線はゆっくりと動き始めた。


『動いた…』

「…あれ…これって!!」

「黒い…巨大蛇?」

「なるほどな…こいつがトグロ巻いてたから、中に閉じ込められてた浮世絵中は闇に覆われたのか。」


のっそりと動き出したその蛇はこちらに気付き、自身を機尋(はたひろ)だと告げた。奴良組のとある男に何やら恨みがあるらしく…しかし百鬼夜行バトルする兵力もないため、奴良組3代目たるリクオに喧嘩をふってきたらしい。
…誰だよこいつの恨みを買ったやつ。とんだとばっちりじゃんか。


「怨めしい…殺してやるぅ…!
死ねぃ!!」

「ひぃっ!! 蛇が沢山出てきましたよ〜!!」

『あぁ…さっきのこうやって大量生産されてたのか、気持ち悪っ。』


機尋が口を開けると、そこから大量の小さな蛇がボトボトと落ちてきた。それらは先程幾度も倒してきた蛇と同じで…こちらをターゲットと定めたのか、今度は構内に入らずにこちらへと襲いかかって来ている。


「…姉貴、頼んだぜ。」

『ンー…うん、いいよ、任せて。
明鏡止水"花吹雪"!!』


扇により、舞うように飛ばされた桜の花弁。それが今、小さな蛇達と接触し、爆発した。
よぉし…これで蛇だらけの道がスッキリしたぞぉ!! 後は君達3人で頑張りたまえ!! 私はここで皆の勇姿を見届けよう!!


『…あ! あいつまた蛇吐き出すつもりじゃない!?』

「オレがヤツの口を封じます!」

「あぁ、頼んだぜ首無! あとは…氷麗!!」

「え!? あ、はいっ!!」


空いた道を突き進み、首無は蛇の口を封じ、氷で足場をつくる氷麗。その足場を利用し、空高くにある機尋の頭へリクオは近付いた。


「…とどめだ、明鏡止水"斬"!!」

「ぐぁ…くそ…怨めしいっ!!
怨めしやりはんん!!!」

『…んっ?』


機尋の首をリクオに斬り落とされたことで、サラサラと消えていく機尋の身体。すると真っ黒だった空間がいつもの明るい景色へと戻った。途端、校内から歓声があがる。これで皆も一安心だろう。
それにしても…


「…姉ちゃん、」

『あぁ…帰ったら突き詰めないとね。』


陽射しが戻ったことで、夜の姿から昼の姿へと戻ったリクオ。私も昼の姿に戻って教室へ帰ろう。敵が現れて大変だったけど、数学の問題が分からなかったからちょうど良かったかもしれない。今頃数学の時間が終わる頃だろうし。
…と思ったが、


『ただいま戻りましたぁ〜』

「おーぅ、数学の授業がちょうど終わった頃に戻りやがってこの奴良お嬢様は。」

『いやいや、世界の終焉を終わらせてきただけなんで。』

「やかましいわ。あれな、さっき当てた問題、明日の授業が始まる前までに黒板に答え書いとけよ。」

『ええっ!??』


そんな上手いことに事は運ばなかったのだった。






(『ただいま』)
(「おぅ、お帰り。」)
(『…お父さんさ、機尋って知ってる?』)
(「げっ…何でお前その名を知ってんだぃ。そいつぁ昔オレをストーカーしてた奴だぜ。オレもモテてたからな。」)
(『…今日そいつが学校で悪さしたんだけど。』)
(「…ちゃんと倒したかぃ?」)
(『勿論』)
(「ありがとな、これでオレもまた付きまとわれなくてすむぜ。いやー良かった良かった。」)
(『…いや、良くないよね? 何で私達があんたの尻拭いしなくちゃなんないんだよ!』)
(「痛ぇっ!?」)




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