この手に掴んだ幸せを(短編) | ナノ

▽ 遺された者×引き継ぐ者

先日、リクオに喧嘩をふっかけてきたお上りさんの玉章を成敗した。そして現在、リクオは怪我を負っているためお布団でおねんね中であり、他は損害を受けた街の復興をコッソリ手伝っている。コッソリと言っても、人間に目撃されて鴉天狗に叱られている妖怪も結構いるけどね。というより、それが最早当たり前の日課になりつつある最近。


『やぁ猩影君、元気にしてるかぃ?』

「お嬢! 来てくれたんスか!?」

『もっちろん!
せっかくの猩影の晴れ舞台じゃん? 改めて、関東大猿会2代目就任、おめでとう!』

「ありがとうございます…!
…て、そうだ、お嬢。聞いてくだせぇ!!」

『おやおや、どうした。悩み事かぃ? 心優しい私が聞いてあげようではないか。話してみんしゃい。』

「は、はいっ!
実を言うと…オレ、半妖だったんスよ!! オレ、今まで人間として育てられたからその事を知らなくって…。親父達が襲撃されたって話を聞いて、初めて、オレ達は普通のヤクザじゃなくて妖怪任侠だってことを知ったんス。皆オレのこと騙してたんスよ、酷くないっスか!?」


お…お〜…遂に、彼は自身が半妖であることに気付いたのか。本当に長かったなぁ…だって彼は世間一般で言うならば大学生の年齢だよ? 大学には行ってないみたいだけど。むしろ池袋かどっかで族の頭をやってるみたいだけれど。
だが、嘆く彼に『気付くの遅ぇよ』なんて言うほど私は酷い奴じゃない。ってか、そんなの恐ろしくてできるわけねぇ。凄い剣幕でまくし立てる猩影に、何と応えてあげるのが正解なのだろうか?


『A.ごめん、だいぶ前から君が半妖であることを私は知ってた。
B.てか気付くの遅くね?
C.でも皆は猩影を騙していたわけじゃなくて、猩影の為を思って"人間のように"育てたんだよ。

さぁ、答えはA-Cのどーれだっ!?』

「キャハハ! 正解は全部じゃっ!!」

『当ったり〜、狒々様満点だよ!!
賞品はこのプリギュアのお面…』

「いらんぞ。わしゃ絶ッッ対につけんぞ!!」

「………いやいやいや、お嬢待っ…て、えええっ!!
どーゆーことっスか!? お嬢もオレのこと騙して…つぅか何で親父はしれっと答えてんだよ!!」


ショックや怒り、戸惑いで百面相な猩影と、自身のお面を脱ぐまいというように慌てて押さえる狒々様。狒々様に関しては襲撃された時に負った怪我ももう完治しているため、2人とも元気そうである。

それでも、その賑やかさは少し居心地が悪い。

いや、居心地が悪いと言うのは少し語弊があるかもしれない。何というか…ぎこちない、のだろうか。
何でだろう…アレかな? 今まで猩影はグレていたようなものだし、今回狒々様が襲われたって聞いて、距離を縮めようとしてるからかな。

仲が良いとは言い難いが…目の前でやんややんや言い合いをしている2人を見ていた時、今にも泣きそうな子供の声がどこからか聞こえてきた。どうしたのかと声が聞こえてくる方を向けば、そこには母親らしき女性の足元に座り込む男の子がいた。


「何で? 何でお父さんにはもう会えないの!?
会いたいよぅ…どうしてお父さんは帰ってこないの!? ボクのこと…嫌いになっちゃったの…?」

『……あれは?』

「…あいつの父親は……この前、」

「気にするな、鯉菜嬢。
猩影…お前はあの子のところに行ってやれ。組員の辛さを分かち合うのも、長として大事な仕事の1つだ。」

「…言われなくても分かってらぁ。
すみません、お嬢。少し席を外します。」

『……うん…、行ってあげて。』


背筋をピンと伸ばして歩く猩影からは、もう立派な2代目の雰囲気が醸し出されている。けれど、男の子の傍にしゃがみ込みんで、目線を合わせて話を聞くその姿は…まるで<お兄さん>のようだった。


『…………』

「どぉした、鯉菜嬢?」

『…ん…何でもない…。
それにしても…牛鬼だけでなく、狒々、あなたも随分と私に対して過保護よね。あの子の父親、この前襲撃された時に亡くなったんでしょう。違う?』

「………あれは、襲撃に備え、万が一の対策を練っていなかったわしが悪い。しかもあの時のわしは風邪を引いておった…言い訳をするわけじゃあないが、」

『いいんだ、狒々。
…確かに私はあの時、選別した。誰を守り、誰を助けるか…そして、誰を諦めるか。悪いけど、私は皆を助けて守れるほど強くないから…だから、あの子の父親を助けることができなかった。他にも何人か亡くなったのでしょう? その人達も皆、そう…。』


きっと、おじいちゃんやお父さん、リクオがあの場にいたら…私とは違ってもっと多くの人を助けられたかもしれない。もしかすると、死人を出さずにすんで、あの子供も泣かなくてすんだかもしれない。
でも…


「…キャハハ! だが鯉菜嬢、わしにはお主が…ど〜にも、後悔しとるように見えんのじゃが?」

『…フフッ そらーね、後悔はしてないもの。
今回遺された家族達には申し訳ないと思うけれど、でもね…その分、助けられた人もちゃんといるから。見捨てた私が後悔してたら、亡くなった皆に失礼でしょう?』

「違いねぇ。
後悔する必要がないのは勿論だがぁ…鯉菜嬢、あんたが責任を感じる必要もねぇからな。必要以上に自分を責めるんじゃねぇぞ。」

『……本ッッ当、奴良組は過保護だわ〜。私にもリクオにも、甘々だねぇ。
……ありがとう、狒々様。』


ニコッと笑顔でお礼を言えば、狒々様の大きな手によって頭を撫でられた。大きくて温かみのあるその手にホッコリする反面…、あまりのその手の大きさに、狒々様の手だったら私の頭なんて簡単に捻りつぶせるだろうなぁなんて思ってしまった。それほど大きかったんですもの、ちょっと心臓がばくばくしたわ。
でもその焦りが狒々様にバレることはなかった。先程泣いていた子供を引き連れ、猩影がこちらへ戻ってきたからだ。


「親父」

「おぅ、猩影か。…ややっ、隣におるのは二郎の倅じゃないか。どうした?」

『…………』


この子の父親は二郎さんというのか。
そんな私の考えを余所に、その小さな子供は俯いていた顔を上げて狒々様を真っ直ぐに見る。その目は決意を固めたような…どこか強い目をしていて、見ていたら何故だか心臓を握られるような感覚に襲われた。


「…ボクのお父さんと狒々様、仲良かったんですよね? お父さんは…最後まで戦ったのですか? 狒々様を、組を守るために、身体をはったんですか?」


目からは今にも雫が落ちそうになっていて、でもその目には強い想いが込められてて…
その男の子が、今、前へ進もうとしてるのが痛いほど分かる。


「…あぁ。お前さんの父親、二郎は最後の最後まで戦っていた。仲間が次々に毒で倒れていく中、アイツは…毒に負けずに踏ん張っていた。わしのために、組のために、そして家族を守るために、アイツは戦っておったよ。敵に背を向けることなく、アイツは自ら立ち向かった…勇敢なやつよ。
…二郎の息子に産まれたことを誇れ、そしていつか父親を超えた勇敢な男になれ。」

「勇敢な…男…? ボクが…?」

「そうじゃ。きっとお前さんの父親も傍で見守っておる。彼奴が家族を守り戦ったように、お前さんも何かを守れるようになれ。
彼奴の息子であるお前さんなら…きっとできよう。」

「!
………はいっ!! ボク、お父さんみたいになれるように頑張ります!!」


小さな男の子の頭を撫でる狒々様はお父さんのような優しい顔をしてて、それでもその言葉の数々に、組長を長らく務めていた重さを感じる。
そりゃそうだ、狒々様は何百年も組長を務めてるんだ。

そして今…それが改めて変わろうとしてる。

襲撃されたのを機に、猩影は自身と組のことを正確に知った。そして、狒々様から関東大猿会の組長の座を引き継いだのだ。引き継いだ時は襲撃による弔いごともあったため、皆祝えるような気分ではなかったが…。今はもう、終わったのだ。そのため、玉章を打倒した件を含め、本日改めて猩影の組長就任を祝っているのである。


『猩影』

「? …何ですか?」

『狒々様から継いだ関東大猿会…大切にしなよ。今の奴良組は昔に比べてだいぶ落ちぶれてるけど、これからはリクオが盛り返していくから。私も全力でサポートするし、一緒に全盛期をつくっていこう。』

「…はいっ!!」

「…と言っても、鯉の坊の坊はまだ3代目候補じゃがな。」

『狒々様、それは言わない約束。』

「…しかも奴良組が落ちぶれてたのって、組を引き継がないって拒否してたリクオ様と鯉菜様に原因があるんじゃ…」

『猩影、それも、言わない約束。』


しっかり頼みますぜ奴良姉弟。
若干困り顔というか苦笑交じりに言われたその言葉に、私はぐうの音も出なかった。でも、リクオは前へ進み始めたばっかなのだ。これからはグングン進んで組を大きくしていくだろう。
むしろ心配なのは私だ!
サポートすると言っても、どうサポートすればよいのやらよく分かんないし。ここにいる小さな男の子の方が余程私よりも(精神的に)強い気がするし。


『…くっそー…負けるもんかー!!』

「ええっ!? 何がッスか!?」

「キャハハ!! 流石、鯉の坊の嬢なだけあるわ。鯉菜嬢は本当、見てて飽きねぇなぁ!」

『ソレ褒めてんのか貶してんのかどっち?』


キャハハなんて笑い声が響く中、猩影を呼ぶ声が聞こえる。どうやら2代目組長からの就任の挨拶が始まるそうだ。緊張すると言う猩影に、「やっぱお前にゃ組長の座はまだ早かったかぁ?」なんて言って挑発する狒々様は流石父親と言えよう。ふざけんなと怒らせて緊張をほぐすのだから、巧い。しかもさり気ないし。
そんなこんなで式典の時間が近づき…やって来た牛鬼やおじいちゃん、お父さん、鴉天狗など古株の連中と一緒に猩影の挨拶を見守った。
ちなみに、その後飲み会となって酔い潰れた古株の世話をする羽目になった私と猩影の話は…また別の時にしよう。



(「…そういや、何でお嬢は来れたんですか。」)

(『…やっぱり。挨拶するのとか見られたくなくて、私とリクオが学校ある平日に式典開いたんでしょ。』)

(「うっ…だって何か、ハズいじゃないっすか。
それより、リクオ様は来てないのに何でお嬢は…」)

(『やだなぁ! 親友の君の挨拶をこの私が見逃すはずないじゃないか☆』)

(「こういう時に限って親友って言うのやめてくれやせん!?」)




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