この手に掴んだ幸せを(短編) | ナノ

▽ 捩目山へGO! (牛鬼side)

「おーい、鯉菜様ー、こっちだよー!」

『!
見ちゅけた! めじゅ!』

「めじゅじゃなくて馬頭だっての。」

『あ! ごじゅも見ちゅけたー!』


鯉菜様が生まれて早くも3年の月日が絶った。
今では2代目の奥方が2人目の子供を身籠もっており、お腹の子も順調に育っている様子。
そのせいか本家はソワソワしたり、だが同時に、ピリピリもしている。奥方の家事の量が減り、そのぶん皆は忙しくなった。そのうえ、こういった時期は敵に狙われやすい。そのため護衛も厳しくなり、本家は妙な雰囲気に包まれているのだ。
その事も、この娘は感じ取っているのだろう…。


「楽しい? 鯉菜様」

『楽しー!! ちゅぎは…ダルマしゃんー!!』

「あん? あんなのつまんねーだろ。」

「牛頭ってば、同じポーズで固まるのが恥ずかしいんだろー!」

『照れ屋しゃーん!』

「んだとっ!?」


奴良組本家で感じた鯉菜様の大人しさが嘘のように、彼女は牛頭や馬頭と元気に追いかけっこをしている。まだ舌足らずなその口からは『楽しい』『遊んで』と可愛らしい言葉ばかりが出ており、ようやく子供らしい姿を見ることができた心地だ。


「こちらにお泊まりになると聞いた時は…大丈夫なのかと正直不安に思いました。」

「なんじゃ。守れるかどうか、お前でも不安に思うことがあるのか? 牛鬼。」

「…いえ。鯉菜様のことは、この命に代えても、御守りいたします。私が不安だったのは…鯉菜様が心置きなく休むことができるかどうか、です。
子供なのに、子供らしかぬ聡明さを彼女はお持ちです。もしかしたら緊張して余計に疲れるのではと思ったのですが…どうやら要らぬ心配だったようですね。」

「ふはっ 誰の子で、誰の孫だと思うとる!
奴がそんなことで気を病むタマだと思うか? ありゃあ…怖いもの知らずじゃぞ、虫を除いた、な。」


確かに、と総大将のお話を聞きながら思い出す。
そういえば、鯉菜様との出会いは衝撃的だった。私が初めて彼女を見た時、彼女はまだ自我というものを持っていなかった。…というよりも、最早ずっと寝ていて「初めまして」すらできなかった。
2代目から鯉菜様がようやく目を覚ました事を聞き再び会いに行けば、彼女は驚いたようにこちらを見て、何故か私の髪を執拗に噛んだ。理由は分からない。だが、それを見た馬頭も「そんなに牛鬼様の髪って美味しいの?」と言って私の髪を噛み、それを牛頭が拳骨で制したのをよく覚えている。


「そういえば鯉菜様ってさー、牛鬼様の髪をよく噛んでたよねー!」


噂をすれば何とやら。いや、噂と言っても私が1人脳内で思い返してただけなのだが…。
牛頭や馬頭と<ダルマさんが転んだ>をしている目の前の女子は、少し成長した鯉菜で、当たり前だがもう髪を噛んだりはしてこない。


『牛鬼しゃまの髪?』

「あぁ、そういえば…執拗にハムハム噛んでたな。」

「ボク、そんなに牛鬼様の髪が美味しいのかなぁって思って噛んでみたけど…普通に不味かったよ!」

「馬鹿かオメー。いくら牛鬼様の髪と言えど、髪が美味しいわけねーだろが!」


何故だろう。牛頭と馬頭の言うことは最もなのだが、何故か「不味い」と言われると少し傷付く。もちろん、美味しいと言われても困るが…複雑だな。
…それにしても、鯉菜様と馬頭は器用だな。
喋りながらも、鬼である牛頭が振り向いた時にはちゃんとピタッと動きを止めている。


『んーとねー、牛鬼しゃまの髪の毛はねー、しゅっっごく、いい匂いなんだよ!』

「じゃあボクのはー?」

『知らなーい!』

「あ、鯉菜、お前動いたぞ。」

『えぇっ! も〜、めじゅのせーだからね!?』

「何でボクのせいなの!? 牛鬼様なら分かるけど!」


何故私のせいになるのだ、馬頭よ。
ニヤニヤとこちらを見る視線を隣から感じるが、気付いていないふり。鯉菜様まで私に矛を向けたらどうしようと内心思いながら、目の前で行われてる遊戯を見守る。どうやら今度は鯉菜様が鬼になるようだ。


『ダルマしゃんがー……転んだっ!!』

「「……」」


クルッと振り返れば、ピタッと止まる牛頭と馬頭。可愛いらしいその様子を見る総大将の顔は満面の笑みを浮かべており、馬頭はもちろん、牛頭も楽しそうに見える。


『ダールマしゃーんがー……』

「そうじゃ牛鬼、久しぶりに会うたんじゃ。一杯付き合うてくれんか?」

「勿論、喜んで御相伴にあずかりましょう。」

『こーろんだっ!!』


確か台所に取って置きのお酒があったはず……
そう思ってお酒を取りに立ち上がれば、アッと大きな声をあげてこちらを指差す者が1人。


『牛鬼しゃま、動いたー!!』

「……は、」

「ハッハッ してやられたのぅ、牛鬼!」

「わ〜、牛鬼様が鬼だ〜!」

「バカッ 何言ってんだオメー!」


あぁ…そうだ、確かに今はダルマさんが転んだをやっていた。にしても、まさか自分までこの遊戯に参加させられていたとは…。
……懐かしい、な。


「牛鬼様は別だ! こんな遊びに……」

「いや、いいんだ牛頭。」


馬頭の頭をポカリと叩き、いつものように説教をし始める牛頭。その牛頭の頭に手を置き、自分も参加することを伝えれば、その目は大きく見開かれた。


「偶には私も参加しよう。
…鯉菜様、次は私が鬼の番でよろしいですか?」

『うんっ! いいよー!』

「わーい! 牛鬼様も一緒に遊ぶなんて久しぶりだね、牛頭!」

「あ、あぁ……」

『おじいちゃん!
おじいちゃんも、一緒、やろー!!』

「む? …ふぅむ、そうじゃのう。
じゃあワシも入れさせて貰うとするか!」


はしゃぐ鯉菜様の頭を撫でながら、こちらをチラリと見る総大将。その姿が一瞬、若い時の姿と…幼き頃の2代目が並んでいるように見えた。


「容赦は要らんぞ、牛鬼。」

「…望むところです!」


実に、懐かしい。
まだ最近のように感じられるが…実際はもうだいぶ年月が経ち、総大将の隣に立つのは今や孫娘となったのだ。
たかが遊戯だが、されど遊戯。
久しぶりにやる遊戯に、私と総大将は本気で取り掛かる。途中、熱くなりすぎた私達を置き…3人が仲良く別の遊びを始めたのはまた別の話だ。







おまけ

『ごじゅ、しゅいか食べたい!』

「牛頭だ。あと、しゅいかじゃなくてスイカだ。」

『ご……じゅ! しゅ、いか!!』

「牛頭。スイカ。」

『ん〜〜!!』

「いいじゃん牛頭のケチー。まだ舌がうまく回らないんだよねー?」

『うん! めじゅ好きー!
ごじゅ…しゅいか、切れないの? ダシャーイ!』

「んなっ…切れるに決まってんだろーが!
見てろオルァ!!」


スパパパーン


『やったー! しゅいかー! おいししょー!!』

「美味しそうだねぇ、食べよっか!」

「(…何か今…のせられた気がする…。)」

『おいしー!!(牛頭チョロいぜ!!)』




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