▽ 男なんだから
「……おい、リクオ。そいつは誰だ。」
「…あー…コイツぁ、」
『初めまして。アンタ確か…イタクってんだろ? 話は弟のリクオと妹の鯉菜からよく聞いてるよ。いつも世話んなってるな。』
「あ? オメーら確か2人姉弟だろ。」
『……ンー、まぁ、何つーか……隠し子的な? 異母兄弟で、最近お互いの存在を知ったばっかりなんだよ。
なぁ、リクオ?』
「……おぅ。」
私……否、オレは今、遠野にいる。
元々この日は遠野に行く予定だったんだが、昨夜バカ親父に貰ったお菓子を食べたところ、何故か急に男になってしまった。
要は…オレは正真正銘の鯉菜である!
だが、せっかく遠野に行くのだからその事を隠し、男として過ごそうと決めたのだ。
『別に面白そうだからじゃねーし。そっちのが鍛錬もはかどりそうだからだし。』
「……。」
「…イタク、こいつぁ姉貴に似てわけの分からねぇ独り言が多いだけだから、気にすんな。」
何か横で失礼なことを言われてる気がするが、オレは男だから気にしない。小さいことを気にしてたら大きくなれないもんな! ハッハッハ!
それにしても、イタクにまだ警戒されてるような気がする。だが正直分からん、何せアイツは人見知りするからなぁ…疑われてるのかシャイボーイなのかまだ判断できない。
そんな微妙な心の距離感を感じつつも、一応は信じてくれたイタクがリクオとオレを奥へ案内してくれた。辿り着いた先はいつもの見慣れた修行場で、やっぱり冷麗や紫、淡島たちはそこで修行しながら待ち侘びてたようだ。
『初めまして、リクオと鯉菜の兄です。
いつも2人がお世話になってます〜。』
「あら? お兄さんいたの?」
「初耳…ケホケホ」
「そういや鯉菜はどうしたんだ?」
『アイツは今……女の子の日でお休み。』
「あぁ…なるほど。
そういやぁお前、名前なんてんだ?」
「…オレも聞いてねぇな。」
『あ、忘れてた。
オレは……リオ! 奴良リオだ! よろしくな。』
ニコッと笑えば、昼のリクオと笑顔が似てるわねと言われた。
そうだ、そういやオレ、今昼の姿してたんだった。性別は変わっても、いつでも変化できる設定てのは変わらないらしい…。
「昼のリクオの髪が茶色いのに対し、リオは黒なんだな。」
『あぁ、親父の遺伝子を色濃く受け継いだみてぇだな。』
「ギャハハ、夜の姿はどーなんだー?」
『夜も同じだ。リクオの髪を黒くした感じだな…ところどころジジイの白が入ってっけど。ホラ。』
夜の姿に変化して、少し談笑すれば修行の時間。
リクオとイタクが戦って、オレは誰か他の奴とやるんだろうなぁなんて思っていたけれど、それは甘かった。
「リクオ、お前は先に他の奴とやっとけ。
オレぁ先に…リオと殺る。」
『……ハハッ、よろしくー……。』
おかしいなぁ、今「戦る」じゃなくて「殺る」って聞こえた気がしたんだけど…。それならせめてカタカナの方でムフフな方がよかったなぁ…。
だがそんな願望はいとも簡単に崩れー
「てめぇの実力見せて貰う……いくぞ!」
『ぅおっ!?』
ヒュンと急に飛んできた鎌は、オレの頬に一筋の血筋を作った。
…て、おいー!! 顔はヤメテよ!!
女の子なんだから!!
そう言いそうになって、ハッと思い出す。そういえば今のオレ…バナナの持ち主だ。
『……ぐあっ! いってぇ…なぁコンチクショー!!』
「遅ぇ。」
刀を振るうも簡単に避けられ、イタクに蹴られるわ鎌で斬られるわ…なんかいつもより攻撃激しくね?
オレのこと嫌いなの? それとも…正体に気付いててお怒りでいらっしゃる!?
「気付くのは早くとも、避けるのが遅かったら意味ねぇぞ。力の加減もできてねぇ。全ての攻撃に力を込めすぎだ。空振りする振りにも力を入れてちゃあ逆に獲られるぞ。」
『グッ…(……いや、怒ってるわけでもなさそうだな。真面目に修行やってるだけ…。)』
次々に増える切り傷と打撲傷。
……おかしい。確かにイタクと戦うのはしばらくぶりだけれど、何だか初めて戦う気がする。いつもなら避けられる攻撃も、いつも通り避けようとしても避けられない。元より攻撃は当たりづらかったけど、でも傷一つつけられないほどに酷くはなかったはず。
『(何で今日はこんなに……!!
……あ、そうか。)』
こんなに体が重く感じるのは、男の体だからだ。
攻撃に当たりやすく、避けられないのは、体が大きくなってまだ間隔を掴めていないからだ。力を込めすぎるのは、男の力加減が分からないからだ。
そして何より…イタクの攻撃がいつもより激しく感じるのは、私が今、男だからだ。
今まで全く気が付かなかったけれど、イタクは私と修行する時には一応手加減してくれてたんだ。顔を狙わず、鎌で攻撃する時にも、ギリギリ当たるか当たらないかの微妙な線を狙っていた…。
『……なるほど。男には容赦ないってか…』
「? 何の話だ。」
『何でもねーよっと! くらえ!』
私には甘くても、オレには遠慮せず。
オレには容赦なく攻めてくる…と言っても、修行だからこれでもイタクは加減してるのかもしれないが。やっぱりイタクは強い。
何やかんやで修行は終わり、皆で夜ご飯も食べた。オレの偽りの生い立ちを適当に話したりして、時間は早くも過ぎてゆく。そしてようやく待ちに待ったお風呂の時間がやってきた!
『むっふっふ……』
「姉……兄貴、本当に男湯に入るのか。オレ達と一緒に。」
『無論だ。そもそもオレだけ後で入るなんて言ったら怪しまれるだろう?』
「いや、そうだが……本当にそれでいいのか?」
『いいのか? じゃなくて、いいんだよ!
イタクの! 素っ晴らしい胸板を! 間近で! 見られるチャンスだぞ!!』
「分からねぇが分かったから。だから鼻息荒くして顔近付けんな気持ち悪い。」
全く…リクオは失礼な奴だな。
だが今はそんなことよりも、胸…お風呂だ。
イタクの胸板を拝みに行くんだ!!イエイ!!
タオルを腰に巻いて、リクオと共に風呂場へ行けば、あぁ何て素敵なんだ君の胸板は…素晴らしい、素晴らし過ぎてエロいよ、写真撮ってもいい!?
「駄目に決まってんだろーが!
何だテメェ、気持ち悪ぃな!!」
『あれっ、何で心読め…』
「途中から声に出てんだよバカ野郎!
お前本当鯉菜に似てやがるな!!」
おっと…危ない危ない。あまり羽目を外すと同一人物だと気づかれるかも。
自重するべきかなぁなんて思いつつも、視線はイタクの胸板に釘付け。そんなオレに淡島は「リオってゲイなのか」なんて恐る恐る聞いてきた…まぁ、そう思われても仕方ないよね。女の裸そっちのけでイタクの胸板ばかり見てるんだもの、ゲヘヘ。
「お前絶対にゲイだろ!」
『ちげーって。異性愛者だって。』
「じゃあ何でオレの身体を見て動揺しねぇんだ!?」
『だってお前…中身は男じゃん。』
「いーや! 男なら中身に関係なく、女の裸見たら興奮するもんだぞ! なぁイタクぅー?」
「オレはもう慣れた。」
『変態。』
「あ"ぁ!?」
『痛っってぇ!!?』
乳丸出しな淡島がイタクに寄るが、イタクは反応なし。でも慣れてる…と言うよりかは、意識を無理矢理シャットダウンしてる感じ。だって目ぇ瞑ってるし。ちなみにリクオは目を背けている。思春期ボーイだな。平気そうに装ってるみたいだが、耳が若干赤いぞ。口元も微妙に…うん、これ以上は追求しないであげよう。
「うっし、じゃあ本当にお前が女好きなのか…確かめてやる!」
『はぁ〜? んなの、どーやって確かめ…』
「普通の健全な男なら!
女に握られたら…さ・す・が・に、元気になっちまうだろう?」
『………はぁ!? ちょ、アンタそれ本気で言ってんの!? 馬鹿なのは分かってたけど、馬鹿にも程があるでしょう!?』
「あ〜、狼狽えてるのが益々怪しいぜ…」
「ギャハハッ しかも口調も女っぽくなってね?」
『んな…なってねーよ!』
「まっ、取り敢えず…これで元気にならなかったらお前は男好きってことだからな。」
『ふざっけんな! ってか本気かよ、来んな!』
ジャブジャブと音を立てながら、こちらに歩み寄る淡島。リクオは無関心を装うのに必死なようで、イタクは呆れて俄然せず。後は皆野次馬でニヤニヤしている。
触られるのも嫌だけど、仮に触られて元気になられても嫌だ。男で最後まで通すなら兎も角も…いずれはバレるかもしれないし、何より事情を知ってるリクオがここにいる。「男になって、女相手に発情したんだぜアイツ。ププッ」なんて言われたくない、ガチで。
そんな危機感から、私は下に目線をやり状態確認。
チラッ
『(……よかったー! 全然元気じゃない!!
萎え萎え!!)』
「あっ! リオお前今…確認しただろー!!」
「見せろ! この淡島がお前の真実を暴いてやる!!」
『ちょっ、来んな! オレの触っていいのはオレが愛した女だけだから!! お前は駄目!!』
「女なら兎も角も、男の初は価値ねぇぞ、リオ。
だから観念しろ!」
オレと淡島の戦いにより、ジャバジャバと飛沫があがる。リクオとイタクは相変わらず助けてくれる気配ないし、あぁコレもう最大のピンチ。悪のりした雨造も加わって2対1。無理じゃんか、コレ。
『ーっ』
もう駄目だ。
元気にならなくても駄目。元気になっても私のプライド的に駄目。
もう全て終わった…と思いきや、
ボフンッ
「「えっ」」
『……………?』
「…あ、姉貴」
『…………あっ、』
「…、な……、鯉菜……?」
『………………』
急に煙に辺りが覆われて…晴れた視界から見えてきたものは、ポカンとしている淡島と雨造。
次いで聞こえてきたリクオに、ようやく何が起こったか分かって……
『さ、さらばじゃ!』
「ま、ま、待て待て待て!」
「お前…鯉菜だよなぁ!?」
「…………」
私を止めようとする淡島と雨造、ついでにこちらを眉を寄せつつもポカーンと見ている器用なイタクには申し訳ないが…
私、今腰にしかタオル巻いてないから!!
人の胸板をガン見しといてなんですが、私の胸を見るな!! あと、隣に立つな淡島!! 私が貧相に見えるじゃないか!!
パニック状態で、でも取り敢えずは皆の視界から消え去りたい。
そんな衝動からー
『く、くらえっ! 湯目潰し!!』
バシャッと思い切りイタクと雨造の顔に湯をぶっかけて、明鏡止水で姿を消しながら淡島を連れて去った。リクオはもう…うん、いいや。淡島を連れたのは、イタクの盾。淡島と話して丸め込み、仮にイタクが怒って攻めてきた際に盾にするのだ。イタクは淡島と冷麗、紫には特に甘いからな…。
いや、冷麗には甘いんじゃなくて逆らえないだけか。
結局、お風呂からあがった後、私とリクオはネタ明かし。皆「なんだ〜」って笑ってたけど、ただ1人、イタクさんだけが黒いオーラを放ちながらこちらににじり寄ってる気がする。
『い、イタクさん…?
湯目潰し痛かったの? ごめんよ……?』
「ハッ……あんなもん…痛くも痒くもねぇよ。」
『そ、そっかー…じゃあ…ご立腹な理由は…』
「……まさか、な。
まさかあんな嘘に騙されるとはな…。
オレのプライドが許さねぇから、殺す。」
『ごめんな、さいぃぃぃぃい!!!』
ヒュンと飛んできた鎌を避けて、慌てて逃走。
でもそれは私に当たることなく、やっぱり女だから加減してるんだなぁと改めて実感。
追い掛けてくるイタクの顔は…目つきはヤバイが、本気で怒っているようには感じられない。何か微妙に口元笑ってる気がするし…怖っ。ぶっちゃけ何で私追い掛けられてるんだろうと思いつつも、何だか何処か楽しい。
『(お父さん達といるときは男姿でも楽しいけど…イタクとはやっぱいつも通りがいいな。)』
「考え事とは余裕じゃねぇか…
レラ・マキリ!!」
『えっ、ちょ……
ぎゃあああぁぁぁ!!!??』
こうして……
ちょっと変わった遠野訪問は、すぐにいつも通りの、畏くて楽しいものになったとさ!
おまけ
「……何かイタク、楽しそうだな。」
「フフッ 多分嬉しいんじゃないかしら。」
「嬉しい? 姉貴に騙されてたのに?」
「悪戯されたことよりも、鯉菜が来てることの方がきっと嬉しいのよ。」
「あぁやって鯉菜とじゃれてる時のイタク、楽しそう……ケホケホ」
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