▽ 引き継がれる想い(鯉伴side)
リクオが旧鼠を葬った後、当たり前だが総会が急遽開かれた。人質として捕らえられた鯉菜も加わり、きな臭い奴を互いに探り合うことから始まったが、敵もなかなか尻尾を出さず。どうしたもんかと思いきや、まさかの爆弾発言。
どうやら鯉菜は事の首謀者を知っているらしい。
だが教える気もないようで、いくらオレや親父、鴉天狗がヒントを強請っても、何の情報も残さずに小旅行へとリクオと旅立ってしまった。
それが今や…
「2代目、大丈夫ですか。」
「あぁ。それより黒羽丸、牛鬼の元へ行く前にあっちに寄ってくれないかぃ。荒れ狂う妖気を感じる…。」
「はっ!
それではしっかり掴まっててください。」
リクオらの旅行先でもある捩目山にオレは来ている。
ここは牛鬼の縄張りだ。親父を慕い、組を愛し、養う者を抱えており、思慮深いのが牛鬼だ。だから、鴉の報告により牛鬼が黒だと判明した時には少なからず衝撃を受けていた。
だが…今ならなんとなく分かる気がする。
誰よりも奴良組を愛していた牛鬼だからこそ、自身を犠牲にしてまで行動に移ったんだろう。
「(牛鬼のおじさんも…ここまで、か。)」
いくら組のためと言えども…牛鬼のやっていることは謀反に変わりない。それは勿論、牛鬼も分かっていることだろう。そして真面目で頭のいい奴である故に、きっとその責を負うつもりだと思う。
「西の砦がなくなるのは痛ぇな…。」
「…しかし、どんな理由があれど、謀反人は処罰するべきです。」
「お前さんも真面目だよなぁ…もう少し肩の力抜いていいんだぜ? トサカ丸みてぇによ。」
「え、オレっすか、2代目。」
冗談を交えながらも、小さな邸へと向かう。雨雲が分厚いし一雨来そうだななんて思っていれば、横から大きな舌打ちが聞こえてきた。どうしたと聞く猶予もくれず、そのまま一目散に先に飛んで行ったのはささ美。去る前に聞こえた最後の言葉は「汚らわしい…!」と怒りがこめられたものだった。
「人間が襲われてる…!」
「あれは…リクオ様の御学友じゃ…!?」
「…ん、アイツぁ……。
…黒羽丸、トサカ丸。ささ美に続けて敵を蹴散らせ。オレはじゃじゃ馬でも拾ってくるわ。」
「「畏まりました。」」
山中にあった邸に清十字団は泊まっているようで、偶然か必然か、牛鬼組の妖怪に子供達は襲われていた。しかも入浴中。だからささ美は怒ったんだな。
陰陽師の娘もいるが…友達を人質に取られちゃあ思う存分に戦えねぇだろう。
まぁ、取りあえず今は……
「てめぇ、誰の娘に手ぇ出してんだい?」
『……お父、さん……?』
「息災かい? 鯉菜」
救出も兼ねて、事情聴取でもするか。
敵を倒し、明鏡止水でこっそりとその場を去る。今時の女子中学生は成長が著しいなぁなんて決して思っていない。将来が楽しみだなぁなんてそんな目で見るはずもない。なのに何だこの…鯉菜とささ美から送られる冷たい視線は。悲しくなってくるぜ、嘘だけど。
「で、お前さんはどう思う。」
『どうって、何が。』
「おいおい…お得意の深読みはどーした?
牛鬼のことに決まってんだろ。この後、牛鬼とリクオはどーなると思う。」
黒羽丸とトサカ丸の背に乗せられながら牛鬼の元へ向かう道中、鯉菜に聞いてみた。
元より牛鬼の仕業だと知っていたのだ。知ったうえで、リクオを3代目にするために、放っておけと言っていた。てことは、コイツの中では物語はできてるってことだろ。
『…全てはリクオ次第だよ、昼のね。牛鬼の想いを知って、現実から逃げずに、正面から向き合う覚悟を持てるかどうか。持てなかった場合は、変化なしってことになるだろうね、残念ながら。』
「んで、持てた場合は、お前の…術策通り、ってことかぃ?」
『ヤな言い方! あながち間違っちゃいないけどさ。』
「…ま、いずれは起きた事だ。親父もオレも、結局は甘やかしてハッキリさせなかったのに問題があるしな。牛鬼が痺れを切らしたのも致し方ねぇ…むしろ、感謝すべきことだな。」
仮に牛鬼の想いを知ってもリクオが現実逃避した場合、オレもいつまでもケジメつけさせることから逃げちゃいけねぇってことだ。その時は…リクオか鯉菜、どちらかに奴良組の代紋を背負うことを強いらくちゃならねぇ。
…気が重い仕事だ。
いや、牛鬼の重い決断に比べればマシな方か。
牛鬼とリクオがいるであろう屋敷に着き、中へと入れば鉄の臭いが充満していた。自分の思いの丈を伝える牛鬼に、それを真剣に聞く夜のリクオ。2人とも血を流している。終いに、牛鬼は自らの命を断とうとしたが、リクオに阻まれてしまった。
「私には…謀反を企てた責任を負う義務があるのに…なぜ死なせてくれぬ…牛頭や馬頭にも会わす顔がないではないか…」
「牛鬼…さっきの答え、人間のことは人間ん時のオレに聞けよ。気に入らなきゃそん時斬りゃーいい。その後…勝手に果てろ。」
その答えは充分なものだった。
"もう自分は逃げも隠れもしない、だから再度お前の気持ちをぶつけてこい。"
一方で…
"組のために、地位やその身を投げ打ってまで正面からぶつかってきたんだから、ここで応えねぇようならお前には器がねぇってことだ。"
牛鬼への覚悟と、昼の自身への警告…。
それと同時に、牛鬼が死なないようにしつつも、昼リクオの逃げ道を塞いでいる。
「よぅ、大層な怪我してんじゃねぇか。」
「チッ……何でここにいるんだよ、親父。」
「あれ、出会い頭で舌打ちされた? 今」
「……親父も姉貴も、いつから知ってたんだ?」
「オレはさっきだぜ。鴉からの報告で知って、わざわざパパが来てやったんだ、最愛の息子のために。光栄に思えよ。」
ウゼェなんて聞こえたけど、そんなの言われ慣れてるオレには全く通用しないぜ。甘いな!
ちなみに、鯉菜は旧鼠の一件で総会が行われたときには知ってたみたいだぞ、と伝えたら…
「……まさか姉貴も共犯かよ。」
「共犯、つーより、泳がせてた?
リクオが3代目を継ぐのに良いきっかけになるかもしれねぇって魂胆だろ。」
「…………」
すっげー不満そうな顔してる。おーい鯉菜、お前今、相変わらず読めねぇ奴だなって陰口言われてるぞー!
それにしても、牛鬼組は奴良組の最西端にある砦だ。古来よりの強者が沢山いる西勢力を抑え、その情報を一手に受けるのが戦闘力誇る牛鬼組だったんだ。だからそれを率いる牛鬼を守る術に入ったのは最良の選択だな。
「"人間のことは人間ん時のオレに聞け。気に入らなきゃそん時斬りゃーいい。その後勝手に果てろ"…か。」
「……んだよ?」
「いんや。牛鬼の自決の時を延ばしつつ、牛鬼の命が昼のお前にかかってるって暗示することで、昼に覚悟させてんだろ?」
「…さぁな」
「ありゃ、オレの勘繰りが過ぎただけかぃ?
無意識でやってんなら…それはそれで恐ろしい息子だねぇ。」
わしゃわしゃと頭を撫でてやれば、ヤメロと手をはねのけられる。その時にチラッと見えた胸の切り傷に、あぁ治療しなくちゃなと今更ながら思い出す。
最後によく頑張ったなと頭をポンポンして、フンッと照れ隠しにそっぽ向くリクオの胸を左拳でドンと叩いた。
「痛って!? 何すん……」
「まだまだ、これからだからな。」
「……おぅ、」
左拳に淡い光が宿り、胸にある傷がみるみる塞がっていく。
オレがおふくろの治癒の力を継いだように。
オレの継いだ治癒の力を、今度は鯉菜が継いだように。
リクオには、オレの後を継いで3代目になって欲しい。
そしてできれば、鯉菜にはリクオを側で支えてやって欲しい。
強い意志を込めた目をするリクオに、そのリクオを見守る姉の鯉菜。
そして奴良組を深く愛する牛鬼を見て…
導かれて導いて、ぶつかっては応えて、
…妖怪は時代と共に肩身狭くなるかもしれないが、それでも奴良組が未来永劫に存続するといい。
そう思うと、
「…気持ち悪ぃ。何ニヤニヤしてんだ、親父。」
「失礼な奴だな、親に向かって。」
天気も悪く、やや肌寒い夜なのに、
頬が弛むのを感じた。
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