この手に掴んだ幸せを(短編) | ナノ

▽ 決行日まで。(牛鬼side)

※本編の牛鬼編の時の話。





鯉菜様は、幼少の頃より優れていた。
いや、優れていたというのはいささか安易な気がする。
言葉も字の習得も早く、悪戯を時にはすれど、大人を悩ませるような事は一切しない。2代目や牛頭馬頭のように、我が儘を言って親に叱られる日も来るのだろうと思って疑わなかった。なのに、怒られもせず、本気で怒らせるようなこともせず、鯉菜様は子供らしかぬ子供だった。
なのに−、


「リクオは覚醒したのに何故鯉菜は覚醒しない…!」

「あー? 単に才能ねぇだけじゃねぇのか?」

「だが一ッ目…貴様も2人の事を幼少より見守ってきたから分かるだろう。鯉菜様は子供の時から達観していた。洞察力もあり、思考力もあった。それこそ、異質だと思わざるを得ないほど…!」

「だがよぉ…弟ができて姉ができないってことは、やっぱそうゆうことじゃねぇのか?
もしくは…血が繋がってねぇとか、な。」

「そんなこと…!!」


そんなことない、なんて断定できないのも確か。人の世では遺伝子検査により血の繋がりを調べることはできるらしいが、私達が生きる妖怪の世界にはそのような技術がないのだから。

逆に、何故リクオは覚醒できた…?

リクオがガゴゼを倒した時、確かリクオは鯉菜と学友を助けようとして覚醒した。ならば、誰かを助けるためなら再び覚醒するのでは…。そのような想いから蛇太夫や旧鼠をけしかけ、そして私の期待通りにリクオは覚醒した。鴆や学友を助けるためリクオが覚醒したように、鯉菜もあの時一緒に覚醒しても何らおかしくはない筈なのだ。


「…鯉菜が奴良組を継げば、きっとまたあの頃のように栄えるはずだ。それだけの才能を、あれは持っている。
…そもそも、本当に覚醒できないのか? 本当はできるのに、それを隠しているのではないか?」

「牛鬼よぉ、お前あの娘を買い被りすぎだってんだよ。確かに子供にしては賢かったが、あくまでそれは子供の頃の話だろ。今は普通の、いや、覚醒すらできねぇ能なしだろーが。
それか…納得いかねーなら今日の総会でけしかけてみればいい。」

「…何?」

「子供だったから聡明に感じただけでよぉ、今じゃ何も考えてねぇガキかもしれねーだろ。」

「………………」


一ッ目の言葉を信じたわけではない。
だが、確かめてみる価値はあると思った。
だからー



「鯉菜様はどうお思いで?」

『私は…むしろ今回動き出してくれた人に感謝しているわ。彼は奴良組を大切に思っているからこそ、全身全霊をかけてリクオにぶつかってくれている。』



一瞬だけ私と目が合い、少しだけ上がっていた口角を彼女が更にあげた時、確信した。
これは…、今度は、彼女が私をけしかけているのだ、と。どのように知ったのかは分からないし、いつから知っていたのかも分からない。だが、私が今までやってきたことを知っているうえで、彼女は私に『やれ』と言っているのだ。所詮は…私も鯉菜様の掌の上で転がされていたということか。

もし、若が殺られてしまったら…?

本当に私が首班だと知っているのなら、仮にリクオを殺してしまった時、鯉菜はちゃんと3代目を継いでくれるのだろうか。
『その時には私が3代目を継ぐ』
目的は私への復讐でも何でもいい。取りあえず、3代目を継ぐ意志を彼女の口から聞きたかったのに。


『そうね…その時は、私の手で、殺してあげるわ。』


私の眼を真っ直ぐに見て、『殺す』と殺気を放ちながらそう答えた。
逃げることは許さない。
地の果てまで追いかけても殺す。
そんなことをせずとも、私は責を負って自決するのに。
だが、そんな私を見透かしたように…彼女は音なき声を発した。簡単には死なせない、と。彼女のその言葉には誰も気付いていない…もしかすると私の見間違いかもしれない。


相変わらず、彼女はおそろしい。
何を考えてるか分からないし、どこまで見透かしてるのかも分からない。いや、分からせないのだろう。
やる気もなく、ダラダラとしているように見せつつも、その真意は誰にも分からない…。
いや、似ているな…鯉伴に。
ぬらりくらりとして何を考えてるか分からない、何を企んでいるんだ、と言われる2代目になら…彼女の考えも分かるのかもしれない。


「…やはり、鯉菜は3代目を継ぐべきだ。」


夜は3代目を継ぐ、逆に、3代目なんか継がないと言う昼のリクオ。一方で、覚醒経験もなく、3代目を継がないと言う鯉菜。
どんぐりの背比べと言う輩もいるが、組を率いる素質があるのは鯉菜の方があるように私には思えてならない。
それを改めて確認しに、鯉菜に会いに行った。
私を見て一瞬驚いたように目を見開いたが、直ぐに挑戦的な目で私を射貫く。


「何故三代目を…継がない。鯉菜、お前ならリクオより…上手くやれるのではないか?」


芯も意志もなさそうに見えて、実を言うとなかなか屈しない。洞察力もあるから裏切り者を直ぐに見付けられるし、利益を得るための思考力もある。冷静沈着で誤った判断をすることもなさそう。時には必要になる冷酷さも、彼女の醸し出す殺気からはあるように感じられる。
彼女なら…鯉菜が3代目を本気で継ぐと言えば、きっと反論する者は誰一人としていないだろう。


『リクオは私にはない大切なものを持っている。
皆を率いるのに大切な…ね。』


自分には3代目を継ぐ器がないと言うその眼は、どう見ても嘘を言っているように見えない。いつもの飄々たる雰囲気もなく、真面目に、本当にそう思い込んでるのが分かった。

だからこそ、私は分からなくなった。

弟だから、という半端な理由で贔屓する鯉菜ではない。むしろ…大事な弟が継ぎたくないと言い、そして3代目を継ぐ素質がないことを見抜けば、彼女は姉として無理にリクオに3代目を継がせるようなことをしないのではないか。組を継ぐことの危なさと事の重大さを、彼女は知っているのだから。
…ということは、一つしかない。


「私には見えない…皆を率いるのに大切な力を、リクオは持っているのだな。」


それはいったいなんなのか。
本当にそれを鯉菜は持っていないのか。


「お前の弟を、試させて貰うぞ。鯉菜。」


閉められた戸に向かって放たれたその言葉は、夜の闇に呑み込まれた。
覚悟を決め、遺書も書いてある。後は実行するのみ。死に恐れを抱くわけでもなく、ただその日を淡々と待つだけであった筈なのに…


「……楽しみにしてるぞ。」


自分の死や牛頭馬頭達との別れが近付いているというのにも関わらず、何となく…奴良組の希望が見付けられるような気がして、決行日が少し待ち遠しくなった。




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