この手に掴んだ幸せを(短編) | ナノ

▽ 前世の姿2〈上〉(鯉伴side)

『…………え?』

「…………あ?」





突如それは起きた。

ボフンという音と共に、鯉菜が白い煙に包まれたのだ。襲撃されたのかと一気に警戒態勢に入り、そして念の為に鴆を呼ぶ。
モクモクと煙が上がる中、ようやく薄らとだが見えてきた人影に慌ててオレは声をかけた。その人影は現状把握をしようとしてるのか、頭をきょろきょろとさせている。その様子に、まだ姿は見えないけれど大丈夫そうだと思っていれば…


「…………お前さん……鯉菜か?」

『…………だ、誰?』


知らない女の子が、そこにいた。












その娘が突如現れてから3日が経った。そしてその間、色々と話を聞き、分かったことは大きく分けて3つある。

まず1つ目は、彼女が前世の鯉菜だということだ。長男とのわだかまりのことは勿論話してはないが、家族や友達のことをよく話してくれ、その内容が鯉菜の前世の話とほぼ一緒だったのだ。

2つ目は、彼女がまだ中学生だということ。鯉菜が転生することになったのは確か大学の時だったと聞いている。だから彼女からすれば、命を落とすのはまだだいぶ先のことだ。

そして3つ目は…


『…………死にたい。』


彼女が病んでいるかもしれないということだ。


「……妖怪にはもう慣れたかい?」

『!
は、はい! だいぶ慣れた気がします!』

「そうかい、ならよかったぜ。」


人と話す時にはニコニコして愛想がいい。
だが一人になると、その貼り付けたような笑みは消え去り、死んだ魚のような目になるのだ。そして口癖のように『死にたい』と何度も一人呟くのだ。


「(……こういうことか…なるほどな。)」


いつか鯉菜が言っていた。
中学の頃はとにかく死にたがっていたと。でも痛いのは嫌いだし、死ぬ勇気はない。何より自殺したとなると、遺された家族が「家族を助けられなった」と苦しんでしまうことになる。だから通り魔か事故で死んでしまうことを毎日祈っていた…と。


「(…何がこの子をそこまで追い詰めるのかねぇ。)」


やっぱり兄貴との関係か?
いや…オレの記憶が正しければ、家族に秘密を打ち明けてからの方がその事で頭を悩ましたって言ってたな。
じゃあ、何でこの子はこんなに苦しんでんだ?


「そういやぁ鴉天狗が言ってたぜ。今夜くらいには元の世界に帰れるだろうって。」

『……意外と早かったですね〜。』

「…嬉しくなさそうだな。」

『……あはっ、バレちゃいました?
正直もう少しここに居たいなぁーなんて!』


苦笑いしながら出るその数々の言葉は、きっと本心から来ているのだろう。


「…家族や友達に会いたいって思わねぇのか?」

『…思いません、ね。
グループがあって、くだらない事で問題を起こす馬鹿な友達に囲まれて…関係ないのに巻き込まれて疲れて…、でも家に帰ったら今度は夕食時に母と父が喧嘩する。母は八つ当たりもかねて、自分の思い通りに物事が進まないと私を叱るし。父は…母に絶対服従で、例え父が悪くなくても母に謝るし。』

「…でもまぁ、かかあ天下の方が家庭が上手くいくってよく言うじゃねぇか。」

『かかあ天下の度を超えてますって。
はぁ……本当、毎日同じ事の繰り返しでつまらない。
もう明日なんか来なくてもいいのに。』


オレと若菜もだが、親父もおふくろも喧嘩なんて滅多にしない。したとしても下らねぇ事だし、だからこそ直ぐに仲直りもする。
だがこの子の様子からすると、両親のその喧嘩っていうのは本気なもののようだ。


「(しかも毎日そんなことされちゃあ…休まらねぇわ)」


そう思ったところで、ようやく辻褄がついた。
学校では友人関係で悩み、家では両親の喧嘩で悩む。

ーじゃあこの子はどこで羽を伸ばすんだ?

普通は家が安心できる唯一の場所だ。でも世の中には残念ながら酷い家庭もある…故に外の方に安らげる場所を見つける者もいる。一番最悪なのは、家にも外にも、居場所がねぇことだ。


『…あ、鴉天狗さんが呼んでる。
そろそろ帰る時ですかね?』

「……かもしれねぇな。」


何て声をかけてやればいい?

頑張れ? 
ーいや、この子は既に生きることを頑張ってる。

家族と話し合え?
ー事情をハッキリと知らねぇオレが言えた口じゃねぇ。


『じゃあ鯉伴さん、私もう行きますね!』

「待て待て、若菜やリクオ達を呼ぶから…」

『あ、いいです、むしろ呼ばないでください。余計別れ難くなるし、しんみりした空気苦手なんで!
てか鯉伴さんも来なくていいですから!』

「そうか、じゃああいつらには急に元の世界に帰ったって伝えとくぜ。
……つぅかオレも駄目なのかよ!」


オレはいいだろと問うものの、駄目だ、と只管見送りを拒否するこの娘。理由を問えば、ガチで帰りたくなくなるからやめてほしいとのこと。そんなことを言われちゃあ…流石にオレも強行できねぇ。
というわけで、ここで彼女とお別れになるのだが…

駄目だ、何も良い助言が浮かんでこねぇ!
何を言えばいい!? 

オレは脳をフル回転にして考えた。思い出すことは鯉菜の前世の話や鯉菜が言っていたこと…
そして、


「1つだけ、お前さんに伝えときてぇ!」

『?』


スタスタと既に歩き始めているその後ろ姿に声をかければ、何事だと振り返ってオレの言葉を待つ彼女。


「どんなに辛いことがあろうとも、取り敢えずは生きろ! 生き抜いた先にはきっと良いことが待ってる! それに…時が過ぎて振り返ったときには、あの時は辛かったなぁって笑える日がきっと来らぁ!
金持ちでも、頭の良い奴が勝者じゃねぇ。
辛い状況を耐え抜いた奴こそが、本当の意味での勝者だ!」


辛いのは今だけ。
それは、苦しみ抜いた鯉菜と、同じく乙女の事で辛い思いをしたオレが出した共通の結論。
その時は果てしなく辛いが、過ぎてしまえば何てことない。
…いや、何てことないというのは嘘だ。
時々〈もしもあの時〜〉と考えてしまうこともある。だがそれでも、当時のその苦しみに比べれば何てことないのだ。


『……ぷっ、勝者って…一体誰と戦ってるんですか。』

「おま、
……オレぁ真面目に言ってんのに。普通笑うか?」


引き攣る頬を抑えきれないオレは悪くない。
何だか物凄くクサイ台詞をはいてしまった気がして恥ずかしい。オレが今辛ぇよ…。


『…でも、勝者、か。
いいですね、それ。何だか楽しそうです!』


……ちょいと待て。
楽しそうって…お前こそ一体誰と戦う気なんだよ。
何このグダグダ感が果てしないやり取り。
カッコイイこと言おうとして失敗した人みたいになってんじゃねぇかオレ。
流石前世の鯉菜…油断できねぇ!
そうオレが脳内でひとり言を呟いていれば、



『……生き抜けば、笑える日が来る…か。
長生きな妖怪が言うんですから、きっとそうなんでしょうね。…信じますからね、その言葉。
本当は死んで楽になりたいけど…
地べた這いつくばってでも生き抜いてみますから。』



ニヤッと悪戯っ子のような笑みを浮かべながら、そう言ったのは彼女。その顔は、今まで見ていた絶望したような顔ではなく、初めて見る生き生きとした表情。
何だ…そんな顔もできるんじゃねぇか。
そう思いつつもその言葉は呑み込み、



「おぅ。格好悪くてもいいから、我武者羅に生きやがれ!
それでももし、笑える日が来ずに死んだら…
オレのところに来い!
文句でも愚痴でも、何なら一発殴られてやらぁ!」



死んだのにどうやって行くんだよ、なんてツッコミが聞こえた気がしたが…気のせいだろう。
結局『短い間だけど、ありがとうございました』と言葉を残し、彼女はこの場を去って行った。




そして彼女がこの場を去ること10分…



『ただいまんごー。』

「おかえりんご。
…何かお前さん、やつれてねぇか?」

『んー…何かー
気が付いたら前世の中学の頃に戻っててさー』

「その姿でか?」

『いや、外見はちゃんと前世の私のままだったー』


なんだそれ。
お前は前世に戻って、姿も前世のものだったのに…
何で前世のお前はこっちに来て、前世の姿のままだったんだよ。そこは前世のお前in鯉菜の姿だろ。
…いやでも鯉菜の姿で『死にたい』とか連呼してんの見るのは勘弁だし…やっぱこれで良かったもしれねぇ。


「久しぶりに前世の家族に会ってどうだった。」

『…なかなか元に戻らないからさ、ここでの思い出は全部夢だったのかって絶望したわ。あと、久しぶりに醜い人間達に囲まれて、何というかうん…
……やっぱ私、ここがいいわ……。』

「……お疲れさん。」


余程精神的にまいったらしい。
オレの背中に、自分の背中をくっつける鯉菜。
いつもだったら巫山戯て退き、パタンと鯉菜を転がせるところだが…今はしないでおこう。何せ、オレの背中にもたれる鯉菜から『疲れた』という思いがヒシヒシと伝わってくるのだ。
…オレまで疲れそう。
そう思った矢先、後ろからスースーと聞こえてくる寝息。


「…寝るの早っ!」

「何してんだ親父…って、姉貴、帰ったのか?」

「ん? まぁな…さっき帰ってきたと思いきや、今はこれだ。グッスリ人の背中にもたれて寝てやがる。」


やってきたリクオに頼み、鯉菜を起こさないよう抱き上げて貰う。そのまま鯉菜の部屋へと向かい、そっと敷いてある布団に寝かせた。


「…明日からまた騒がしくなりそうだな。」

「ククッ…違いねぇ。」


鯉菜のホッとしたような寝顔を見つつ、リクオとそう言いながら笑い合う。この3日間、鯉菜がいないことで小妖怪らも大人しかったのだ。


「親父、姉貴が帰ってきた祝いに1杯やるか?」

「そりゃあいい。久しぶりに派手に飲むか。」


ニッと笑いながら2人して化猫屋へと向かうオレ達。明日もきっと鯉菜が帰ってきたことで宴になるだろうが、そんなこと知ったこっちゃない。
そうしてオレ達は、夜明けまで飲み続けた…
翌朝、『何で私も連れてってくれなかったのよ』と鯉菜にいじけられるのを知らずに。







ーーーーーーーーー
おまけ

「ご、ごめんって姉ちゃん!
また今度一緒に飲みに行こう!」

『リクオのバカ…早く充電したかったのに、昼になっても帰ってこないし…』

「(充電?) ほ、本当ごめん! まさか化猫屋で寝ちゃうなんて思わなかったから…」

「鯉菜、そういじけるな。充電ならオレがしてやるから! さぁ来い!!」

『アンタじゃない。私は愛しの我が可愛い弟を抱きしめたいの!! アンタじゃないっ!!』




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